自分自身がリスクを持った挑戦をするには外への宣言が私にとっては最も効果的であることを理解してきました。
色々と考えました結果、この秋から大学院の研究生となり、来春から大学院生として修士課程に挑戦します。
まだまだ研究生になれるかも分かってはいませんけど、挑戦することを宣言することで自分自身に背水の陣を布いておこうと思い、記録します。
学ぶのは経営学ではなく、建築学です。
MBAも検討しましたものの今の年齢から取り組むというよりは、実践で結果を出すことが出来る立場でも有るので、まずは建築学を学ぼうと考えた次第です。
海外の経営者の多くは博士課程を二つ取っている方なども多くいらっしゃいます。
経営はアートとサイエンスが必要と言われている方もいらっしゃいますので、サイエンス部分をより深めていきたいと考えています。
並行して東洋思想も学ぶ時間を増やしています。


先週末、Web上で至善館の卒業式を拝見しました。
PCを通じても大変な熱量でお会いしたこともありません卒業生の充実すら感じ取ることが出来ました。
関係者のこれまでのご尽力は想像を絶するものがありまして、素晴らしい卒業生を排出されたのだろうと思います。
拝見した卒業式に大いに刺激を受けまして、私自身も一歩踏み出そうと決断できたのかもしれません。


私自身入学すれば2年間はまた新たな生活様式になる見込みです。
その先にあるものは今までよりも更に大きく拡がった景色になることを確信しています。
建築学においてもこの年齢での挑戦は大分遅いそうですけど、諸外国のように日本人も学術的に学ぶ機会が増えていく事を期待してまずは楽しんで習い学びます。
頭の中では他の勉学も実学に繋がる意味合いで今後挑戦していきたいとも思っています。
新たな挑戦に対して久しぶりに高揚感が出ています。
並行して事業も拡大させていく喜びも楽しんでまいります。
外から見ると忙しい状態は個人の充実であるとも思い、貪欲に成長するべく邁進します。


 

振返りますと本ブログを始めたのが2014年でした。
どうにかこうにか毎週何らか記載して既に6年が経過しています。
我ながら良く続いたものだと思います。


改めてなぜこのような記録を始めたかと言えば、色々と理由は有りますもののその一つには大変おこがましいですけど、将来的に『言志四録』のような著書などが残せればと言う希望も有りました。
今までの文字の量だけで考えれば、相当なボリュームになっているかと思いますけど、大体言っていることは大分似通っているように感じていますので、編集すれば圧縮できるように考えています。


最近はYoutubeでGlobis知見録から学ぶ機会が増えている中で、久しぶりに藤原和博氏の講演を拝見してそのまま著書を買い増して読了しました。
その中で文書を残す価値などを明確に理解することが出来ました。
文書で何かを伝えようとするのは本当に難しいと痛感します。
麻生塾での講師業をしていても、そもそも自分以外の誰かに頭の中を見せるのは容易では無いと感じる機会が増えています。
それでも伝える努力は必要で、トレーニングが不可欠でしょう。
日本男性の平均寿命は80歳強ですので、私の年齢も折返しに入っています。
人生百年時代と言われていますので、更なる長生きが出来るのかもしれませんけれども、人生は長く生きる事よりも如何に生きたかを問われるべきものだと考えております。


将来、文書で何か残せる人生を送れるよう改めて国語力を身に付けてまいりたいと思います。
併せて英語力も学び中ですので双方語彙力を高めてまいる所存です。
先進国と呼ばれる国の中で日本人が低学歴であることを実感する機会が増えておりますので、率先垂範して学びの場に身を置き、実践を通じて次世代の役に立てる人生を歩みたいと思います。

今週教わり、大いに刺激を受けた言葉が表題です。
自我作古は慶應出身の方にはお馴染みの言葉なのかもしれません。

自分が道を切り拓きここからが歴史となるので、自分が古の物になるというのは大いに浪漫も感じます。
『我の前に道はなく我の後に道は出来る』と言う表現から更に長期間続くイメージも感じました。
そもそもこれだけの心意気を持つことが出来れば、目の前で起きている様々な課題に対して、自らで解決してその後も継続していくので、課題に感謝すら出来るようにも思います。
私自身は敷かれたレールをひたすら効率的に動き続けるという活動に全く自信がありません。
新たなレールを敷くなり、道なき道を歩んでいく事の方が向いていると感じていますので、自我作古を今後も大切にしていこうと思います。
この言葉を教えてくれたのは高家正行氏でした。
会食の予定が大幅に減り、人に会う機会が奪われていますので、youtubeの映像から様々な刺激を頂戴することが増えている中で、高家氏の講演を拝見することが出来ました。
数年前に公志園の活動でご挨拶をさせて頂く機会を得ました。
当時は憧れの三枝匡氏の後任としてミスミの代表をされていて、小説で紹介された話などを沢山拝聴していました。
語り口は大変穏やかですけれども、乗り越えてきた業務は只者ではありませんで、沢山の学びを得ました。
改めて経営者を目指す若手に話す講演会を拝見して、その迫力を感じました。
そこでもやはり丁寧な言葉使いでしたけれども、覚悟と実行力はとてもとても容易にまねできるようなものではありませんでした。
三枝氏の本にも度々出てきていた『修羅場を超える』ことの必要性を論じておられました。
私自身が修羅場を経験できているのか?と自問自答しますにまだまだ不足していると感じています。
修羅場を体験するにはやはりコンフォートゾーンからの脱却が必要です。
事業責任者として無責任なことは出来ませんので、顧客や社員の為にも当然にしっかりとしたサービスの標準化を果たすとして、その先に到達するために意図的な修羅場や不安定環境に身を置いていくようにしたいと思います。


これらのことを考えている中で東洋思想の田口氏から個別に送って頂いた言葉が『遠慮近憂』でした。
「将来を慮らなければ近く憂うべき事態が必ず起こる」と理解しております。
現在、様々な将来構想をしております。
若いつもりでいましたけど、もう決して若手扱いされる齢では有りません。
『放勲欽明文思安安』足るべくまずは放勲目指しまして、将来構想を練り続けておりますので、大変に有難く自分の背中を力強く押して頂きました。


組織とは、『社会的意義』と『人財育成』こそが原点であることも学びました。
私共の組織の社会的意義はしっかりと理解されるものだと思っておりますので、大いに期待できる人財に更なる活躍をしてもらえる場を提供していく事をしっかりと果たしてまいりたいと思います。
劉備玄徳が諸葛亮孔明に軍師を任せた歳が、今の私とほぼ同じ年齢です。
当時の孔明は27歳、これはやはりトップとしての後継者育成と言う最も大切な偉業をしっかりと果たすべく行動していたことの証左であると思います。
まだまだ、そこまで至ってはおりませんけれども、多くの大切なお手本を持ち、次世代の方々に良い未来を渡すべく、一層研鑽を積んでまいります。



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