博多の街を歩く機会を得ました。
今まで車で何度も通過していた街を意識して歩いてみると全く異なる景色が見えてきました。

知識ある方にご案内頂き、承天寺~東長寺~櫛田神社~博多町家ふるさと館(博多伝統芸能館は外見のみ)を歩きました。
一番印象に残ったのは、東長寺の大仏裏にある地獄~極楽に抜ける光の無い回廊でした。
ダイアログインザダークの世界とはこのようなものではないか?と垣間見えたようにも感じました次第です。
深淵の闇と言うのは、生物への畏怖間を自然と芽生えさせるものなのでしょう。
承天寺にありました石庭「洗濤庭(せんとうてい)」も見応えがありまして、中々拝見できない世界をご縁あって鑑賞させていただけました。


普段何気なく通過しているところに伝承されている話や鎮座している仏像など興味深く拝聴しました。
大博通りからも目に付くのに意識していなかった所に一の鳥居~御成参道があった事も、如何に普段無意識で活動していることが多いと言うことも改めて感じ入りました。


歴史探訪はとても面白く、自らもその時代を想像することで見えてくるようにも感じます。
史実が残っているのにはわけがあると思っているので、現実的ではないような伝承が何故そのような表現で残っているのかなど、背景を想像することも楽しみの一つです。
純然たる歴史の継承は難しく、先代など会ったことのある人物に対しては当然に感情が残っているのに加え、先代よりは長生きするであろう後世側に伝え方を考え、実行する機会もあります。
観光案内所での説明文などを読みながらも、本当か?それは何故だ?その事が今にどのようにつながっているか?などと考えることで、各地がより印象深くなっていきます。
現代は、その場で調べること写真などで記録することも容易に出来る時代なので、学びは一方向だけではなく様々なフックをさせながら学ぶことが出来ます。


自分の世界を広げることは、何も国内含め旅行をすることをせずとも、普段意識していないことに着目するだけでも可能であることを感じました。
何気ない日常風景のどこを意識するかで日々を冒険のようにワクワクするものに変えることも可能です。
今週は京都で大変貴重な経験もつませて頂きましたけれども、博多歩き探訪もとても有難い機会となりました。



私は、お江戸に学生時代十年程住んでいました。
その後、社会人としても1年程度は過ごしたことがあります。
今でも週に一~二回程度は参勤交代のように上京する機会があります。
やはり、都心部には刺激もあり、トレンドの変化を感じる機会が有りますけれども、私は生活を送ることに関心が持てません。
『やりたい事よりやるべき事』ですから、勿論、必要になれば東京暮らしもするので、絶対に避けると言うわけでは有りませんけれども、選択が出来る限り地方に住み続けたいと思います。


働き始めが海上自衛隊で、横須賀~下総~八戸などから始まり、淡路島を経て飯塚に住み始めたのが今から振り返ってみると17年も前の事でした。
『都会には人材が居て、地方には人物が居る』とは太郎代議士がよく使われている言葉ですけれども、それらを多く実感します。
大手企業と中小企業にも同様の言葉が当てはまるようにも感じます。
地方の中小企業で30年以上第一線を張ってるような人物はやはり、都会や大手では成長しない形で人物として磨かれていきます。
考えてみるに傲慢になる余裕もなく常に謙虚で生きざるを得ない環境は、人として成長するには大変恵まれた環境と言えるのかも知れません。
人はDNAの影響以上に環境が大事です。
そんな事は、生まれたての赤ちゃんがどの国で育つかで変わる事を見れば当然の事だとも思うのですが、ついつい血統を言い訳にしてしまうのも人間のありがちな心情なのかもしれません。


変えられない外部環境も多分にありますけど、社会人ともなれば自分で生み出せる環境の方が沢山あると言えるでしょう。
誰と会いどのような話をしていくかでも環境からの刺激として成長に繋げられると思います。
私は外食比率を意識して高めています。
それは多くの方に会う為です。
同じメンバーと毎食食べるのではなく色んな方との接点を持とうと意識しています。
そのお会いする頻度についても考える機会が増えてきました。
人生は一回限りなので、お金以上に時間はとても大切であると考えているからです。
それは私だけでなく相手にとっても同様でしょうから、お互いの成長や、心の安寧などにつながるなど有意義な場になることを望みます。


実際に仕掛けをしていく人にとっては地方はとても面白く目に見える世界が音を立てて変えていくことも実感できます。
自分で動ける人にとっては地方は益々面白くなっていく事でしょう。
勿論、盆栽ビジネスにならないよう、地方の仕掛けを他の地方や都心に持っていく事は社会貢献の観点からもとても大切です。
この地方の面白さを都会にいる人が理解できるようになってくると益々面白い国家になっても行くと確信しています。


世界を変える力はいつでも独りの力から始まります。
一人の想いが、皆の夢へとつながり、将来的に社会のうねりを創り出してきたことは間違いありません。
少しでもそのような活動をされている方を応援するとともに、何より自らでその実行者になっていく参ります。
今週も多くの方から刺激を頂戴しましたけれども、それらは今となっては過去の話です。
来週もまた多くの方と会い、双方が刺激をして社会の役に立てる事に進んでいく事を楽しみにしています。


今週も色んな人や本に刺激を受けました。
志と信念はとても大切で長期的な展望は夢を設定するのに無くては欠かせませんけど、達成するために必要なのは実行です。
二宮尊徳の言葉にも『至誠と実行あるのみ』との教えがあります。
与えられる環境は個人には選べません。
どんなシチュエーションでも出来る得るベストを尽くすしか無いと感じます。
火中の栗を拾う方がいらっしゃいますけど、これも目の前で与えられた環境から逃げずに闘うという個人の信念に基づいた物なのだと感じます。


尊敬する方から『いつでも現役が大変。過ぎてしまえば全て過去であって、問題に直面しているのは常に今しかない。』と言うことを教えていただいたことがあります。
私自身、自社の創業の大変さを覚えてはいますけど、やはり、今の課題の方が頭を占めています。
これは人間が『今を生きる』と言う、動物としてもとてもシンプルで大切なことだと思います。
余計なことを考え、未来を憂い悩み続けて病んだりするくらいなら、今、目の前の課題に全力を尽くすことを徹底することが肝要であろうと思います。
自分自身も簡単に成長は出来ません。
日々の積重ねの結果として、振返った際に大きな変化を遂げることが出来るのです。


『下手な考え休むに似たり』と言う表現もあります。
机の前に座って考えているフリをするくらいなら、掃除をしているほうが社会の役に立つことの方が多いです。
正しい考えを身に付けたら、長期的な展望の為にも目の前の課題に耐え乗り越え続けなければなりません。
日々の行動が大いなる結果を生み出すことを忘れずに、常に目の前に全力で取り組み続けます。
 


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