今月も大いに致知に学ばせていただいています。
タイトルは、致知7月号巻頭のタイトルです。
私にはまだまだ足りていないと恥じ入るばかりの痛烈な文言でした。
武漢ウイルス(COVID-19)が何を示し、どのような影響を与えていくのか?こちらはまだまだ予断を許さない状態であると捉えています。
統計数字か見ますと欧米人とアジア人では被害者の差が大きく出ています。
これが何を意味するものなのか?解明にはまだまだ時間を要するのでしょう。


またワクチンが出来ていない以上第2波の脅威は避けることは出来ません。
その様な中でどのような意思決定をしていくのか?資質と素養を問われているのかもしれません。
まだまだ、古典・歴史等からの学びを深める時間であるように思います。
今までの期間を振り返りましても恥ずかしながら、個人的にはいくつか安直な判断が有ったようにも感じます。


私が少し自信を持てる素養として『朝令暮改』を抵抗なく実施できることです。
朝令暮改には組織に混乱を生じさせるとの異論も聞き及ぶことは有りますけど、私はとても大切なことだと捉えています。
過而不改、是謂過矣とある通り、気付いた時点で修正をしていく事は変化に対応していくためには必要不可欠でありましょう。
『失敗の本質』から特に吸収しておきたいと思った内容です。
数字とファクトとロジックに照らしてみて、おかしいと気付けたことは即時変更していく経営を継続してまいる所存です。


新たな学びとして人との交流を求め続けてはいますものの、現時点ではなかなか適いません。
その代わりに本からの学びとWebを通じての人との出会いによる刺激を大切にしていこうと思います。
Webでの打合せや面談、講義などは通常と異なり、身体的ストレスを感じる点もあります。
週に一回の講師業として一方通行の講義を始めてから喉の調子がなかなか戻りません。
それでも移動時間の削減などメリットも十二分に有ります。
良い所に視点を集中させ上手く取り入れてまいります。


現在、ハマっているのは安宅氏の「シン・二ホン」です。
「ISSUE DRIVEN」を読んで以来、感銘を受けておりまして、新刊が出たのは知っていたもののいつものように中古待ちをしておりましたけど、今回久しぶりに新刊で購入しました。
田口佳史氏の本以外では中々購入していない新刊ですけど、全く後悔の生まれないとても素晴らしい内容です。
本を読む時間が無い方はyoutube等で「安宅 シン二ホン」などとたたけばご本人がエッセンスをお話しされる姿は拝聴できるかと存じます。
一度読んだだけではとてもじゃないけど理解できませんので、これから繰返し読んでまいりたいと存じます。
本質をつかんでいる内容ですけど、例えやデータで使われている内容は当然に今時期の物なので腹落ちさせるには早めに読まれた方が良いかと思い、遅くとも年度内の読書を推奨します。
今年の我が社の課題図書の一冊になることは間違いありません。


武漢ウイルス(COVID-19)の流れで多くの場所でダーウィンの進化論についてのコメントも目にする機会が増えました。
それはとても有名な文言で皆様もご存じの
『It isn't the strongest of the species that survive, 

nor the most intelligent but the ones most responsive to change.

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化に対応できる者である。』です。

※ネットで調べますと末文は「変化できる者である。」がおおいようですけど、ホモサピエンス自体が変化するのは難しいので、変化に対応できると訳すのが良いかと考えている次第です。



在宅勤務やテレワークなど、ネット上での対応が増えてきています。
私自身も出張は控え、多くがWeb会議に切り替えています。
変化に際してはメリットもあれば当然にデメリットも有ります。
移動時間の軽減と言う意味では大きなメリットを感じますけど、機微を伝える・知るという点ではストレスを感じるほどにデメリットが大きいように思います。
勿論、今までの関係性がある中でのやり取りであればある程度はカバーできますけど、初見の方とWeb面談をしても本質的には理解や納得解が得られないと現時点では感じています。
それでも、変化が退化することは無いでしょうから、これからはこのWeb上での商習慣にも対応していく必要を感じます。


現時点で、Web会議をするにあたって若手や秘書の方などにセッティングを頼んでいる方は時代に淘汰されてしまうように思います。
勿論、既に年配の方で功労者的にご意見番として必要な特殊な方はどのような状況であれ求められ続けます。
ただし、一般的な方々はこの変化の波に対応出来なければ、発展的なビジネスに対応していくことは難しくなるでしょう。


私が大学生の時にwindows95が発売され、IT革命と呼ばれる多くの変化が生じました。
私自身は若い分、xlsにせよdocにせよゲームをする感覚で受け容れましたので、その後の各種展開もキーボード操作に関しては抵抗なく対応できています。
社会に出て直ぐの自衛隊では多くの諸先輩がPCを受け付けず、こちらにお鉢が回る機会も多くなり、私にとっては良い循環となりましたけど、諸先輩はただただ時代に取り残されているようにお見受けしました。
そんな中、民間に出てきましたら、一回り上の先輩でも表計算について深く勉強されて使いこなす喜びを感じている方が大多数とは言いませんものの結構な数でいらっしゃいました。
自衛隊もごく少数に限っては新しいテクノロジーを楽しんでおられた先輩がいらっしゃったことも言い添えておきます。


今週は、新入社員との研修をメインに一週間過ごしました。
私からしますと気付けば二回りほど下の世代です。
表計算や文書作成などは経験上、こちらの方が今のところ扱えていますけど、その他のネット対応においては私よりは各段に自然に使いこなしているのを感じます。
現在、専門学校生相手に講師も務めていますけど、20歳前後の方もこれまた当然のようにWeb受講をされていて私よりも自然な対応が出来ていらっしゃるのを感じます。
この変化は当然の物であります。
それでも、未だにどこか若手の感覚でいた私には口惜しさと共に衝撃を受けています。
軽佻浮薄なブームに乗ったりすることは曲学阿世に繋がるようにも思い、どこか避けていましたけど、これからは頭が硬くなり過ぎない訓練も必要だと感じ始めました。


身体も40半ばを迎え、大いに変調をきたしているのを実感しています。
今まで以上に疲れが取れなかったり、気力があっても体力がついてこない面が出てくるのを感じています。
自衛隊時代に蓄えた貯金ともいえる体力が底をついたのかもしれません。
これからは身体のメンテナンスにも十二分に気を配り、ますます変化の多いこれからの時代に対応出来ますよう努めます。
それでもホモサピエンスは20~30万年間特段進化をしていないので、歴史書に習い人間の機微については古典に学び続けます。

COVID-19による様々な自粛活動も一時期平穏な日々を過ごせそうな時期がやってまいりました。
新しい形のインフルエンザとして我々の生涯は向き合っていく必要があるのかもしれません。
14世紀に天然痘が起こった結末も19世紀までは解決できなかった事実を踏まえますと、我々が現役世代にいる間にCOVID-19の解決は難しいと考えておくのが良いのでしょう。

そもそも我々ホモサピエンスが20~30万年の歴史に対して、ウイルスはその遥以前に存在しているようなので、生まれてからの歴史はそもそもウイルスの方が先輩であると言えます。
ウイルスとの闘いと表現される方は多くいらっしゃいますけど、共存していくのが筋のようにも感じている所です。


私自身は今年1月から色んな制限を感じており、行動に制約がありました。
人・本・旅・呑・星に学びを求めてから、移動の制限が掛かり、人・旅の刺激は大分制限をされました。
ある意味で本に学ぶ時間は多く出来ましたので、没頭して本にのめり込む日々を送っておりました。
今週、久方振りにzoomと言うツールを通じてはある物の師や同志と言えるメンバーと限定的ではありますものの顔を揃えることが出来ました。
1月2月以降のメンバーが多くいらっしゃいましたけど、皆様立ち止まることなく各人の持ち場でリーダーシップを発揮されておられました。
私自身は特に4月以降制限が厳しくなり、貞観政要の読み込みによる学びを大切している中で、今週の受講は大きな刺激を頂戴することが出来ました。
端的に言いますと、封建制(一族による管理)と郡県制(官僚制による管理)のいづれが良いかと言えば、どちらか良いものではなく中庸を取ってい行くことが肝要であると言う学びでした。
どちらにしてもトップの意志が何より大切であり、No2を通じて他メンバーに拡大していくメッセージが正しく伝わることを考えよとの教えがありました。
現実的には混在した形でトップが納得するともに現場に受け入れられる布陣である必要があるということでしょう。


今回の武漢ウイルス(COVID-19)がモタラシタものは、都心部と地方の格差の浮彫です。
福岡県内をとっても福岡市と北九州市に比較してその他の地域は発生件数も少なく、発症メンバーは都心部との接点によるものでした。
とは言え、お亡くなりになるなど犠牲者はいらっしゃいましたので、心から冥福をお祈り申し上げます。
ただ、結果として都会病であって地方においてはとても迷惑なウイルスであるとも感じています。
今回の事象を通じて、都心一極集中の流れから地方の価値を大いに見直して頂きたいとも考えている次第です。
私自身は、10歳まで人口(8千人)よりも牛の頭数(6万頭)が多い町で育ったこともあり、地方がスタンダードです。
その後東京に住む経験もあり、素直にそのデメリットとメリットを体感することが出来ました。
経験上、稼げないのであれば都心に住む価値は格段に低く、地方の方がよほど恵まれた環境を享受できることを理解しました。
現時点でも都心部に住む方よりは電車の本数や駅までの距離など不便があるのかも知れません。
それでも、マイカー通勤も可能ですし、社員以外に会うことも無く日々を過ごすことがこの2か月無理なく可能になっています。


ニューヨークの話を聞いても、貧富の差による感染リスクが存在しているようで、成功者ほど地方に住む傾向がある為、地方に早く疎開した方ほど感染者が少ない報道があります。
日本には雅なところに住みたい意向がどうにも昔からあるようです。
「住めば都」よりも「住むなら都」だそうです。
今回の武漢ウイルス(COVID-19)を通じてそれらの意識に変化が生まれることを期待しています。
私のルールである福島県の相双地区も私自身が育った北海道の十勝も現在住んでいる飯塚と言う土地も少々な都会感が否めませんけど、俗に言う都心と比較すれば地方となるのでしょう。
人間をホモサピエンスと捉えれば、自然の中で生きていく力こそが大切であり、文明しかない環境で生きていくことは自然の摂理に反するように思います。
そんな中でも学びは大切です。
真の道徳を体感するにはこれだけの混沌感はとても大切であるように思います。
生命の根源が脅かされる中では、短絡的な行動や思想になることも強くは否定できません。
それでもこの環境の中で正しいことを貫くことが出来れば、自分自身にとっても信頼できる信念が醸成できることでしょう。

夏を迎え一旦の落ち着きを取り戻す可能性が高いようにも感じておりますけれども、まだまだ思考を深める良い機会であることは間違いありません。
大いに根源に触れる機会を高めていこうと思います。


今週から専門学校生の前での登壇が始まりました。
昨年度イメージしていたものと大きく異なり、Web上での授業となりました。
レスポンスを感じられないため、個人的に好きなラジオを自らがやっているような気にもなります。
そんな中で大切なのは教える自分自身が楽しそうであることなのではと思い、来週以降も楽しみながら私自身の学びを深めてまいりたいと存じます。
実務を通じて経験したことをアカデミックにまとめて貰えている大変便利な教科書が出来ています。
生徒に読みながら自分自身が納得する機会も多くあります。
実務を知らないと興味が持てない点もあるかと思いますので、少しでも建築設備が興味深いものだと思ってもらえるよう授業に魂を込めてまいります。
何より次世代の皆様が未来を明るくとらえて夢を語り志を果たせる社会を構築してもらうための一助になることを目指します。











 

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