September 2015

あまり活用していないつもりのTwitterやFacebookですけど、最近少し幅広い方とつながるようになって驚いたといいますか気づいたことがあります。


それは自分で選択できるというネット社会が進めば進むほど自分の都合の良い人間ばかりが集まりやすく、他の方の意見(全くの異見)などに耳を傾ける機会が減っているのではないかということです。
それにより、思考が単純化されている傾向があるのではないかと思います。その結果が自分たちと意見の異なる方への激しい排除のような攻撃的な発言につながっている要因の一つだと感じています。
しかも、発言のみでも参加が可能なので、しっかりとした精神が持てていない方にとっては抑止力が働かない場面も多分にあると考えます。


正しい歴史認識がないのと同様各人の価値観は異なります。
それは家族として一緒に過ごしてきたものであっても同様です。
その上で、価値観の違いを共有することで双方の立場考えをを理解することから始めていかなければ、いつまで経っても平和な世の中というのは難しいのだろうと感じる次第です。


それにしても、たまたまの縁で知り合った思想の違う方々の各コメントと「いいね」の数からは、「noisy minority」という言葉がグルグルと頭を回ります。
多数派だから良いとか悪いというわけではないのですけど、テレビというメディアが取り上げているものは少数派の意見を活用して、刷り込んでいくことが目的なのだろうかと思う機会が増えています。
よって、私自身はますますテレビのニュース・報道から離れてしまいます。


個人的には国民のレベルが下がったとは思っておりませんで、そもそも全国民のレベルが高かったことはあまりなく、表に出てこれるようになる方はそれなりに厳選された方のみが発言されていたのだろうと思っています。
誰でも平等に発信の機会を得られたことは大変素晴らしいのですが、レベルの高低差に関係なく情報発信ができるようになってきたこと、つまりはレベルの高低差を理解できない方がさらに増長させることができるので、混乱が当面続くのだろうと思っています。
限られた特権であったチャンネル数の少ないテレビ時代が良かったと言うつもりはありません。
ネットによって偏狂性が高まってきている事もありますけど、それでも情報が開かれてきたことで地方と都市の差が埋まってきている望ましい社会の一つだと思っています。


どんな便利なものもやはり使い方次第であって、その際に考えるべきは、周囲がどのように思うだろうか?という自分以外の事柄に対する配慮が必要だということは、長い歴史が証明しているようにも思います。
やはり、経験で学ぼうとするよりも過去から学んで、いつか来たようなさみしい道は歩まないようにしたいなあと願う次第です。



 




 

普段使用しているPCをj更新しました。
先日までのものと比べて大変サクサク動いてくれるのでストレスが軽減されました。
さらには、自分の不徳の致すところで「i」 ボタンが外れていたこともあり、文字入力速度が改善されました。


レンタルPCの性質上、officeのソフトがバージョンアップされていないこともあり、画面上はあまり変化が無いようにも感じます。
それでも、一つ一つの動作の速さに喜びが出ます。
しかし、考えてみると現時点での作業のボトルネックは私の入力スピードになっているとも言えます。
待ち時間を持ちながらの作業よりも当然良いですが、自分自身がボトルネックになっている事実をしっかり受け止めより効率的にPCを活用していこうと思います。


少し筒かもしれませんけれどもPCの更新時にはキーボードなどに細やかな配慮があり、ローテク含めた日本のメーカーならではのきめ細やかさを感じた次第です。

自分たちの仕事も常に昨日よりも今日、今日よりも明日に最高の自分がなれるよう努めていこうと思った次第です。






 

週末にテレビは見ない物の録画していた映画や好みの番組を視聴するのは楽しみの一つです。
 
映画館で映画を見た経験は非常に少ない物のテレビで流れる映画は平均しますと週一以上で見ているかもしれません。
映画好きには嫌われるでしょうけど、連続して3本見たり、しかも時短は当然で5分飛ばしも駆使してますので、本当に理解しているとは言えないであろうことは認識しています。
それでも、感動は得ています。

幼い頃から人前で哀しいと言う感情を出すべきではないと育てられた私は個人のスペースでは大いに感情を揺さぶられることが多々あります。

今回見た表題の「陽はまた昇る」は大いに感動した作品の一つです。
御存知の方も多いと思います。
私自身も以前プロジェクトXで見た事のあるビクターの実話を基にした映画でした。


映画も感動的でしたけど、現実的にはもっと壮大なドラマが展開されていて、先の見えない不安だらけの中を模索していくリーダー像に『自分ならできるのか?』『自分には未来を見いだせたのか?』など頭の中で考え続けました。
九州アジア経営塾に行かせて頂いたおかげで、映画の中の主人公が言われる様々な内容が如何に組織に影響を与えているかなど、テクニックの部分でもわかる所はありましたけど、本質的にはやはり『事業は人なり』という事を改めて思い知ったと感じています。

日本ビクターが形を変えている現状にも思いを馳せますし、経営者と現場のリーダーはやはり視点が異なる現実も理解します。
それでも、私は与えられた現状の中で如何に全力を尽くし、多くの方に短期的では無く長期的に貢献できることをしていきたいと思いを強くしました。
私利私欲では無く、利他の心をこれからも力強く発信していきたいと願います。

なんとはなしに見た映画ではありましたけど、森信三先生の仰る所の「人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず。」と考えますと、私の内なる声が強く求めていたお蔭で引き寄せられたのかもしれないと思ったりもする次第です。

 

まだまだ暑いと思う時もありますが、朝はそれなりにタオルケット位ないと寒いと感じるようになってきました。
今年の夏は特に暑かったように感じました。
珍しく外出は可能な限り控え効率的な仕事が出来るように作業環境に配慮をした年でした。


現場作業においては特に過酷で有ったように思います。
以前、東南アジアの国々の方を見た時になかなか働かないもんだなあと街を見て感じていましたが、これだけ暑さが厳しくなってくると日本でも外の作業は危険水域に入ってきていると思います。
更には今年は少なく感じましたけど、「ゲリラ豪雨(私はこれから続くであろう「スコール」だと認識しています)」が発生しますと、作業は休止せざるを得ないことが多くなります。
勿論、作業が出来るように対策を練る考えも必要ですけれども、外の作業においては天気に左右されざるを得ないと思います。


ただし、世界と言いますか世間は天候を理由に待って頂けるようなものでもないと思います。
ここからが知恵の使いようなのだろうと思い、今のうちに考えを馳せている次第です。


それにしましても、暑さの厳しさが緩くなり始めた昨今は大いに歓迎です。
クールビズも浸透して頂いたおかげで、多くの場所でジャケット不要になってきたこの風潮も大歓迎です。
望むらくは、再度和洋混合のスタイルも認めて頂けますと夏でももう少し効率を下げないですむのではないかと、考える次第です。
浴衣・作務衣だけをイメージしているわけではなく、夏に陣羽織や甲冑を着る経験も有る物からしましても、和服にはこの土地で育っただけの意味のある様々な工夫・趣向がされていることを体感したものとしての意見です。


まずは、秋の声を少しでも感じられるようになってきたここ最近にありがたみを感じて記録に残しておこうと思った次第です。

 

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