January 2016

色々な気付きはどんな場面でも発生しうるのだろうと思いますけど、それにはどのような心持ちが有るのか次第ではないかと考えています。
有る課題への思考を深めていると、ひょんなことに気付きや回答を頂いたりすることが出来ます。
ですので、悩んだりした時ほど、別業界の方にお会いしたり、普段と異なる環境へ身を置いてみたりしています。


先日も麻生の経営セミナーにて出版業界の方の話を拝聴する機会がありました。
事を成す方には「何かおかしい?」を見逃さない好奇心と気付いてしまった課題をそのままにしない義憤のようなものでスタートする共通項があるように思います。
その後、好奇心から生まれる洞察力はありとあらゆるものから学びを経て自らの業界に還元されていくのだなあと、またその視座たるや一事象をみて近い将来の画を描けるという能力にただただ感心した次第です。
セミナー等の真骨頂は講演後の質疑にあるのだとも感じております。


同じ方の同じテーマによる話を4回ほど聞いたことがありますけど、講演後の質疑は全て異なり、その回答の中でその方の立体像がより鮮明になっていくように思います。
今後も時間の有効活用の為に読書もしますけど、出来るだけライブ感を大切にして、その場のケミストリーがどうなるのかを確かめに行きたいと思います。

常に自分自身の足りない部分を理解して、自分が掲げる理想の自分に向け、貪欲に成長していきたいと思います。
その為にもやはり生涯学習なのだと、気付きに感謝している毎日です。 

『青春とは心の若さである 
信念と希望にあふれ勇気にみちて日に新たな活動を続けるかぎり 青春は永遠にその人のものである』
とは松下幸之助翁の言葉です。

我が社で八年活用している日めくり月間カレンダーの31日は冒頭の一文が記載されます。
後段を聞いてさらに感心しましたし、松下氏が刺激を受けたと言う「サムエル・ウルマン」の原著からも多くのことを考えさせられます。

私は、自らが青春していると感じるのは心のアップダウンが激しくなった時です。
理屈で行けばと何事も冷静に処理できるように感じる時の方が多々ありますけど、どうにも自らの感情がコントロールできなくなって、思いの丈をぶつけるしかできなくなってしまう場面が有るのです。
それは計算でもなんでもなくそれしか自らの運命を切り拓く手段が考えられなくなってしまうのです。
そんな時こそそれによって得られる結果は全て受け入れることが出来ます。

ロジックだけで人は決して動かないという事を痛感するときもありますけど、それ以上にロジックの重要性は理解しています。
それでも
自らの全力を尽くしたいとき、そこには想いや感情がとても大切なのだと考えています。

私にとって青春で思い浮かべるのは『SO YOUNG』という「THE YELLOW MONKEY」の歌です。
「それはなんて青春~」に続くいくつかのフレーズは、今のこの瞬間のその想いを大切にしているように感じます。
そしてそこに後悔するのではなく、そのように感じられた自分を誇りに思い、その後の人生にも絶対に価値が有るものだと力強く背中を押していただいている気がするのです。


今後もいろんな場面で青春をしていきたいと思いますし、現時点でも私自身は青春していると感じております。

本を読む上で意識しておかなければならない点を以前母親に教わったことがあります。
それは、一つの意見を聞いただけにしないことと言う点です。
ほとんどの意見には反対意見もあるので、双方を聞いた上で自分自身が結論を出さないと行けないという事でした。


当たり前ですけれども、どんな本にも著者のバイアスが何らかかかっています。
まったくの公立な立場などは存在しないと思っていますし、もしあっても面白くもなんともないのだろうと思います。
歴史を見るにも誰のどこからの視点で見るかで、その模様は大きく変わってきます。


初めての知識は特に意識に刷り込まれますので、そのバイアスがあることを自分でしっかり意識するためには、感銘を受けた場合はその反対の立場をとっている人の本を倍くらい読むようにしています。

 
子供と話していた時に気になったのは表現です。
世界一高い山は?と聞いたら全員が「エベレスト」と答えました。
「チョモランマ」でも「サガルマータ」でも良いのに西洋名での知識が自然と刷り込まれていっています。
結果として同じものを呼ぶのだから良いのではないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんけれども、表記は時に背景に文化や歴史を持っています。


学生の時にアルゼンチンに行って「マルビナス紛争」を知ってからその思いは特に強くなりました。

日本人でいえば「竹島」と「独島」がわかりやすいように思います。
同じ物体を指しても認識は大きく異なります。

戦争の呼び名一つとっても「太平洋戦争」と見たり言われる度に私は発現されている方の見識や認識に疑問を持ってしまいます。


今、手にしている本が特に西洋嫌いの方の本で、表記の異なりに大きな意義を感じている次第です。
やっぱり本を正しく読めているのか、今後も意識して思考を深めてまいります。


 

学生時代は伯父さんに貰って漫画ばかり読んで本を読む機会は少なかったように思います。
それが、社会人になった途端に太郎代議士から
「漫画を読むなら週刊誌で読むことと、漫画の10倍本を読め、出なければ漫画を読む資格は無いし、正しく理解できるわけがない。」と言われて、
漫画の量を減らして読書に勤しむようになったわけですが、
漫画を正しく読むというのは時代のトレンドを把握するのに有効であるという価値を理解しておく必要を説かれていたのだろうと今更ながらに気付いたりしています。


では、本も正しく読むとはどういう事かと考えますと、これまた色々と奥が深いなあと感じることが多いです。
年間100冊程度の本を購入するようになって10年程度ですけど、ほとんどの本には何がしらの引用が使われています。
この引用元を理解しておかなければ、例え話で使われている価値を正しく理解できないので、本を正確に読めたとは言えないように思っています。
特に海外の本に出てくる歴史上の人物やビジネス上の事例はなじみが無かったりするので、ピンとこない時もあります。
これをしっかりと読み解かないと著者の伝えたいメッセージを正しく認識できていないと感じる機会が多いです。


以前、グループで「韓非子」を読むように言われた研修がありましたけど、メンバーの感想を聞くと春秋戦国時代の背景を理解していないが為に、議論自体が上滑りしているのを感じたことがありました。
私は、ちょうどその時代背景が好きであったこともあり、例え話を解説していく手法にわかりやすい物だと感心していたのに、知らない人にとってはなんら価値を見いだせていないようでした。


翻って、読んでいる本を私は理解できているのだろうかと考えてもいまして、年間20冊程度は読了したものを再度手にしたり、その中の出典元を探したりとして、少しづつ理解を深めていく本もあります。

本が血となり骨となり、私自身が実践できるようになるまで、感動を頂いた本は何度も読んでいこうと思います。
最近は著者の方と直接に触れ合った経験のある本や翻訳者に会う機会も有ったりと大変恵まれていまして、これらの方に会った後に本を読み直すとまた気づきのポイントが変わったりすることも本の楽しみだと感じている次第です。


本との対話の時間を今後も大切にしていきたいと思います。

新年見事に明けました。
皆様健やかにお過ごしのことと存じます。


年末に高千穂に行きまして、神話や神武天皇の起源などにつき学と共に東九州自動車道を堪能してきました。
新年は例年と同じくお墓参りと3社参り、書初めを致しました。
例年よりも心穏やかに過ごすことのできる恵まれた年末年始を過ごすことが出来たと感謝しています。


何事も「心の平穏は我に有り」で、今年はどのような心持ちでいるかを常に自分自身で確認しながら決断を下せるように意識をしていこうと思っています。

今年の書初めは、「慎独」「日々学習」「月一書道」「東北フードマラソン」「柔軟体操」「貞観政要」を書き、室内に掲げました。
本年末に振返ってどのようになっているのか楽しみです。


今年は我々にとって今まで以上に多くの機会に恵まれる年となると考えています。
このチャンスを結果につなげられるかは準備次第だと思います。
チャンスの神様には前髪しかないと言われていますので、躊躇なく手を伸ばせるように心構えもしっかりとしておきます。


年々、自分自身の信念や覚悟が強くなってきていると感じています。
これまでの感謝に対してギフト以上にしっかりと世の中に還元できるよう、自らは常に精進してまいる所存です。


残りの正月期間も身体を動かすことと読書に勤しんで仕事始めまで思考を高めてまいります。

平成二十八年も皆様にとり、益々充実され、良り大きな飛躍の年と成られますことを祈念しております。 

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