February 2016

数年前に読んだ養老孟司氏の本を思い出す出来事がありました。

それなりのメンバーと言うレベルの方が集まっている中で、歴史解釈として面白い講演を聞いた時の事です。
私の印象ではリーダーに必要なのはやはり「公」の精神で、弊社グループでいえば「無私」を掲げているので、この点で認識しやすいことだと思いました。
また、私は恵まれて幼い時より「noblesse oblige」を聴く機会が多く知識としての価値よりも行動を伴う覚悟が有るのかどうかの重要性をいつも意識していました。

果たしてその場に居た方にとって、感動するエピソードとなったり、新たな知識として以上の何かを得られたのか?疑問に思った次第でした。
同じような状況で自らがそのような行動を取れるのか?実はある意味では同じような状況を規模やインパクトは違えど受持っている方々ばかりのはずですが、その覚悟が感じられる方が何人いただろうと不安を覚えもしました。

同じ話を聞いてもそもそものスタンスが異なれば、受け取り方は全く違ったものになりますし、結果としての行動は良い成果を得られないように思います。

やはり、重要なのは最初にある思考に行きつくように思います。
「志」と言葉にすると簡単にも感じてしまうかもしれませんが、この「志」の差は大変大きなものであると思います。
 

この辺の差がなぜできてくるのか?そしてこれは変革することが出来るのか?いつも頭を悩ませます。
結果からすると変革は不可能ではないはずですが、容易でもありません。


今回聞いていた話からも類まれなリーダーはやはりいつの時代にも少ないのであって、今の比率と変わらないのかもしれません。
自らがどこまでいけるのか、今後も真摯に問い続けたいと思います。
そして、今回感じた違和感こそが私の大切な基本的価値観なのだろうと確信に近い思いがあります。
すなわちそれは「無私」の心得であり、「利他」を優先できるかどうかです。
言葉ではなく行動によるものや滲み出る感覚と言うか波動のようなものを自分自身が感じて気付いているものだと思います。
今後も仲間となる方にはこの点でお付き合いの深さを決めていこうと、自分自身の行動に影響を与える機会を頂いたことに深く感謝しています。



 

昨年、教わった言葉に「コンフォートゾーン」と言う物がありました。
私自身気付けばこのような世界に身を置いてしまっているのではないかと反省した次第です。


いつでも挑戦していたいと思い、常に何かしらチャレンジはしているものの人生の時間の内、何%をチャレンジしているのか?と考えると最近は減ってきたように思います。
勿論、人生は博打ではありませんしマズロー理論にもある通り、ある程度の安定は必要だと思っています。
それでも、経済で得られることの限界を知った昨今は安定のみを求めるのではなく社会に役立てる人間になる為に混沌とした世界に身を置く必要を感じている次第です。
正直、私自身は非常に保守的な人間でもあると思っていますので、孫が出来るような歳になれば守りを固めてしまうだろうと思うのです。


それでも、恵まれた環境で育てて頂いた分、どうも他の方よりはエネルギーを有している所もあるようなので、 その分は社会に還元できるよう努めていきたいと願っています。
今の日本は大変恵まれています。
これは、私どもの世代が築いたものではなく、諸先輩方によって導かれ強固に築かれたものだと思っています。
先輩のすべてが正しいわけでもないでしょうから、私どもが矢面に立って改善していくべきことも沢山有ると感じています。
その為には行動していくしかないわけで、何かが動けばどこかに影響が出るのは当然の摂理なので、ある方にとっての改善は別の人間にとっての改悪であることは多々あることでしょう。
将来を見据えたときにまた国家レベル、世界レベルで考えたときにどちらが望ましいのかをしっかりと熟慮した上で決断を下し、ルビコン川を越えたら行動あるのみでしょう。


まずは、自分たちが如何に恵まれた環境で甘えていて、世界もうらやむ政界をしているかを知り、その上で更なる努力と共に社会貢献をするための行動をしていきたいと思う次第です。
我々一人一人の力は弱いでしょうけど、世界を変えてきたのは一人の想いや行動から端を発してきているのは歴史を見ても明らかです。
その可能性は誰もが有していますので、全員が今いるコンフォートゾーンから外に目を向けて、一歩行動を指定見るというのが大切なのだろうと思います。
まずは、自覚することで個人の世界観は変わっていくものと思います。






 

本日は泰國の観光地を巡りました。
日本よりも開かれていたり、多言語での説明がなされていて観光の整備状況は進んでいるように感じました。
そんな中、私が最近とみに思うのは西洋人の立ち振る舞いの異様さです。
観光地は得てして文化や歴史を継承するための物であったり、そういった要素が強いところに魅力があると思います。
ですので、その国においては地方などからも観光を含め生涯に一度の巡り箇所としてとても神聖な場で有るもので有ることが多いと思うのです。
そのような場での敬虔な態度にはこちらも敬意を表してた態度を取る必要があると自然に思う物かと私なんかは思うのですが、西洋人は至ってマイペースでお祈りしている人々を単なる興味のまなざし等で写真撮ったりしているの姿には文化度が低いのではないかと思うのです。
現実的には西洋人には長い歴史を有していない国家がいない為、畏怖する心が弱いのではないかと考えています。
よって、歴史的建造物等に魅かれることもあって、良く立ち寄るのでしょうが、そこでの立居振舞はあまりにも礼を失しているように思います。
それでも体力も有、武力および経済力も有る西洋諸国は何とも言えない存在感を示すので、忸怩たる思いの現地の方は多いのではないかと思います。


私もそのような時期も有ったので何とも言えないところが有りますけれども、西洋文化を押し出すことはどの国の若者にも魅力的に映ることがあって、魅かれてしまう面も否定できません。
ただ、その後自国の歴史を学び誇りを持てば共存する方法を考えられるようになるものと思います。


西洋の方におかれても自分たちのペースではなく、その地で育んだものに敬意を表して、「郷に入っては郷に従え」の文化を身につけてほしいと願う次第です。
もう一つ気になりますのは、その影響とは別に国家の歴史観が本当に短くなってしまったことも有り、お隣の中華人民共和国の方々の観光地での立居振舞も同様な面があるように感じつつも有ります。

 
そうは言ってもチャールズディケンズが言った通り、
「自分がしてほしいと思うことを
人に施す努力をせよ。

もし相手がそうしてくれなくても、
がっかりする必要はない。

あなたが相手を
がっかりさせるよりはずっといい。」
という事を自分自身は実施していこうと思います。

2月13日にBangkokに入りました。
グループ研修の一環でもありますけれども、滞在初日の感想は来て良かったです。 

当たり前で月並みな表現ですけれども、「来てみなければわからないこと」が多々あります。
半日程度で何がわかったという事もありませんけど、住み慣れて居心地の良い場所で得られる数倍の刺激や頭の回転の機会を自然と与えられます。
常に周囲に気を配り、どこにリスクがあるのかや、異文化との触れ合いは脳の活性化に強い刺激を与えてくれます。


日本からは、飛行機に乗れば7時間程度で到着しますので、泰國に到着することは大したことではありません。
私が朝の散歩をしながら考えていたのは、泰國に入ることは私にとっての生まれたことと同様で、それ自体に意味があるのではなく、ここにきて何を為してどこまで成すかが重要なんだろうという事でした。
短期的な視点で見るわけではなく、この経験に感謝して今までとは異なるレベルでの社会貢献ができるよう自分自身を高めていきたいと思います。

このような恵まれた機会は、出来るだけ手上げした方が良いと思いますし、それに対する権利に対して大いなる責任を感じることが大切なんだと思います。
これらは日々の業務においても同じようなものでもありますけど、今回は特に未体験ばかりですので、感じたことを忘れること無いよう備忘録として残しておきたいと思います。


ドラクエ人生論の一つ
「もし強い敵にやられても、教会からやりなおすだけだ。お金はなくなるが、経験は残っている。」の通り、人生はチャレンジした経験と思考する権利は誰にも奪えないので、今回の経験を大切に活用したいと思います。


日本に比してこちらは確かに暑いですけど、真夏の日本に比べればなんてないくらいなので、確かに今の時期は良いのだろうと思います。
それでも、朝の散歩は7時半頃を目途に終えるようにしようかと考える本朝の散歩でした。
 

たまたま、お店に入って聴いた音楽が中学生の時によく聞いていたものでした。
この瞬間に多くをフラッシュバックしました。

具体的にはハノイロックスの「TRAGEDY」でした。

そこに 同席していたメンバーは何のことかわからない状況でしたけれけども、私には中学生の時の思い出が沢山蘇りました。
この音楽など芸術作品の価値を最近再確認する機会が多いように思います。
 

経済では決して説明できないけれども、感覚としての価値を感じるものが沢山この世の中にはあります。
私はそのような価値観を大切にして生きています。
短期的に出る価値ではなく人間の感性に訴え、長期的に人を惹き付ける魅力とはなんなのか、これからも考え続けたいと思いますし、ある意味で直感に反応する自分の感性も大切にしたいのです。


恋愛などでみられるように人間には合理性とはかけ離れた判断と行動を起こすことが有ります。
評価は色々とあると思いますけど、私は感情が何を思い行動してしまうというこの感覚を大切にしたいと思います。
以前「SWITCH」と言う本を読んで、人間の心理の深淵を垣間見た気がしたように思っています。
勿論、私は学者でないので、アカデミックにわかっていることは殆ど無いですけれども、直観力は磨き続けていく所存です。
画が良いのか音楽が良いのかわかりませんけど、経験などから滲み出る自分の価値観によって信じる事が出来る道を歩もうと思っています。


 

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