April 2016

以前宣言していました通り、参加してまいりました。
参加しての実感はこの企画は大変素晴らしく、これからも進化を遂げていくことを確信しています。
これだけ多くの笑顔を集める企画を実践している裏方の皆様は大変素晴らしく、このような活動は称賛されなければならないと強く感じました。


個人のマラソン結果については十二分に満足しています。
17年ぶりのフルマラソンで6時間制限の所を5時間55分でゴール(ネットタイムは5時間50分)出来たことに大変満足しています。
1月頃から準備をして、家族にも理解を貰ってトレーニングの時間を頂戴できたことなどに少しは報いることが出来たのではないかと考えています。


今回の企画を通じてやはり「公志園は良いなあ」と言うのが主メッセージです。
東北風土マラソン&フェスティバルの発起人は第4回公志園の出場者である竹川さんです。
公志園の縁で知り合った出場者や伴走者(学生含む)の内、数名がリユニオンとして結晶大会以来久しぶりに集いました。
走る人、ボランティアする人、応援する人など様々な関与の仕方をして参加しました。


公志園で集ったことである程度共有している価値観をもって語り合うと空いていた時間など直ぐに埋まってしまいます。
そして志が高く実行されている方々との会話は本当に心地よく時間を忘れてしまいます。
帰りの道中一人になった際に、皆様との会話は実行力から自分自身は果たして胸を張って誇れるほど活動できているだろうか?問題・課題を他人事にしていないだろうか?成り得る最高の自分を目指して行動できているだろうか?
など、多くのことを内省しました。
これもまた公志園の魅力の一つであります。


今回、参加した方々が口に出していた言葉に「公志園の6か月ではわからなかった東北風土マラソン&フェスティバルの価値がわかった」と言う物がありました。
これは当時の伝え方の問題と言う物ではなく、主催者御自身が公志園を通じて本イベントの価値が如何に大きく可能性があるかという事に思い至った結果としての反映がなされたという事なのではないかと思っています。
私は、公志園を通じて人生の価値や時間の使い方、自らの志など多くのことを学び、実際の行動に変革が起こり続けています。
参加者の皆様も多くの変化が有ったのではないでしょうか。


公志園を通じて知り合った方々からは生涯に亘り刺激を頂戴するものと思います。
その分、自分自身も正しく成長して皆様に貢献できるようになりたいです。
人との交流の中でしか成長のきっかけは生まれづらいように感じてきています。
勿論、気付いた後の努力は個人で為さなければ何事も成り得ないでしょう。
その気付きを得る為に、今後も時間は有限で大切な資源である事を自覚しまして、お会いする方に対しても無駄にならないよう人生を有効にしてまいりたいと思います。
それは、経済のみではなく心の安寧に基づいた活動の結果でありたいと願います。

地球にとって瞬きのような一瞬の時間かも知れませんが、私自身の魂は燃焼させ続ける所存です。






熊本・大分を中心に被災されている方々にお見舞い申し上げます。


先週より、熊本大分を中心としてほとんどの九州の方が経験したことの無い地震体験が発生しています。

北海道で育ち、東京での学生生活もしている私にとっては地震に対してある程度免疫がついていたことを感じます。
どこにいても地震の警報が携帯から鳴り出した途端に皆さんの身体が硬直していく様を肌で感じます。


縁も有って、熊本県入りを二回ほどさせて頂きました。
当然ですけど、地震被害は場所によって異なりますので、道中でも温度差を感じるような場面は沢山ありました。
SNSを通じての情報でも自治体毎に対応レベルが大きく異なっているようにも見えます。
この点は東日本大震災と同様の印象です。


現時点での私の印象は、「東日本大震災での経験はどの程度活用されたのだろうか?」と気になっています。
私自身も経験したことと同じ課題を抱えているように思いましたので、私の行動も含め今後同じように悔しい思いをしないで済むように何かを為していきたいと5年を経て思う次第です。
情報の取捨選択も個人に拠って大きく分かれているようです。
5年前との大きな違いはSNSの更なる発展でしょうか。
個人で情報が発信できる事で、さまざまな状況を理解することが出来ています。
マスメディアの限界をカバーできている点も有るのと、被災地とそれ以外の心の距離を分断しない枠組みは大変素晴らしいものと感じています。
その分、情報の氾濫や心無い発言なども見受けられるのは、どんなものも使いようなので悪意との対峙は理性ある人間たちが毅然と接していく重要さも感じている次第です。


支援に関しては個人で出来ることを出来る範囲で行う事で十分だろうと思っています。
誰かに強制されるのではなく自らの意思で行動する選択肢を与えられることのほうが、より力を発揮できるでしょう。
とにかく一歩を踏み出してみることだと思います。
有事の際には価値観が一緒でも手段や手法は差が出てきます。
このような際には私は想いを大切にしてほしいと考えています。
目の前の救援物資は被災者にとって死活問題でもあります。
ただ、人間の生命力は感情によって大きく活力をましていきます。
被災地に居た際に仲間からの声掛けや直筆手紙などに如何に救われたことでしょう。
知り合いが直接現地入りしてくれて、笑顔を見せてくれることの価値は経済を超越して私には救いの力になりました。


東日本の代には被災地において極力ネガティブなことしか言わないテレビは見ないようにしていました。
それでも福島や相双地区の取扱いは他の県との違いを感じさせられました。
人間は絶望した時に活力を失います。
孤独ではなく多くの方と繋がっている、自分たちは見捨てられていない、と言う事実を確信するには訪問する人間が必要です。
気丈な方の多くは少しの無理をしてでも避難所は活用されず、不安な中ご自宅近くでご自身の備蓄のみを頼りに生活を継続されます。
東日本大震災で声をかけられて多くの方が喜んでいたのは。
「被災者は頑張らなくていい、頑張るのは周りの人間だから、どうかたまには甘えてください。そして今後他の地域て同様のことが起きたらその際は手伝ってあげてください。」
と言う趣旨の話でした。


被災者で気丈にされている方には是非こんな機会におかれてはご家族や親戚、お知り合いの言葉に甘えて無理をされないことを希望いたします。
そして、失ったものを見て絶望するのではなく、残った者の義務として明るい未来に希望を持っていただきたいと願います。
決して容易な途ではありません。それでもご先祖様は営々とこのような道を歩んでまいりました。
お互いに手を取り有って険しくとも次世代に繋がるその先を見つけてまいりましょう。


今週末は東日本大震災の復興支援でもあり、公志園で知り合った日本が誇る方々と旧交を親しむるべく、東北フードマラソンに参加してまいります。
走りながら、これからの日本の有りたい姿や自らの品格を高める努力や、起きている森羅万象が何を示唆していてどのような意味を持つかを考え続けます。

海外に限らず、初めての土地に踏み入る際には常にその地方やお住まいの方に敬意を払う必要があると考えています。
今月のANAの機内誌で同じようなコメントを書いている方がいらっしゃいましたので、思う所を記載します。


以前、泰國紀行でも記載しましたが、多くの観光地で立居振舞がなっていない方が目立ちます。
最近では、お隣の大陸の方もそのようにお見受けするように感じます。
ただ、隣国の場合はある程度集団心理が働く為、周囲に気を配りづらくなる点もあるので、見定めるにはもう少し時間を要する必要が有るかと考えております。


敬意を払えないという事は、自分自身に畏怖するものが無いという事なのか、もしくは対象が目に見えるものまたは限定的でしかないという事なのかもしれません。
科学的に判明できない自然現象などに畏怖してきた結果(勿論それだけではありませんけど)、多くの地には神が生まれてきたのだろうと考えています。
これが、神なのか神々なのかでも大きな分かれ道のようですけれども、まだまだ人間は科学だけでは理解できないことが沢山有って、常に謙虚である必要を感じます。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の通り、注目される立場の人間は更に謙虚さが増していかなければ、リーダーとしてはふさわしくないように思うのです。
 

最近、関連して読んでいたエグゼクティブマネージャーについて書かれた本でも「徳」の重要性を訴えていました。
「徳」を科学しようとする欧米の考え方にある程度感心しつつ、結局のところは人間性として高める努力を個人がする必要が有るのだと考えている次第です。


その「徳」のためには志や信念が必要であってといつもの議論に帰着するのが最近の私の思考です。
悩み、葛藤して、悔しい思いを多く積んだ分だけ、成長の機会を与えられているのだと考え、さまざまな課題をクリアしても奢らず謙虚に行きたいと思います。
その為にはやはり与えられた機会の何事にも感謝心が大事なのだろうとこれまたいつもの結論となっています。

 

新年度を迎える際には会社創業時に書いていた自分の想いを読み返します。

創業時に思っていたことの一つで、『グループ内で最も経営者を生み出す組織にしたい』と言う物があります。
これに関しては、現時点では実質手付かずなのではないかと思い至りました。
社内にいずれ独立して企業内起業をするマインドが生み出していきたいと強く思っていました。
組織の大小ではなく覚悟をしっかり持った人間が増えることこそが、結果として力強くなり多くのことを成し得ると思っています。

これは決して容易な道ではありません。
もともと多くの孤独に打ち克つ人間を育てるという事が出来るものとも思ってはおらず、
そのような場を与えることでその環境から多くを得る人間を増やしたいと考えている次第です。


現時点ではそのような場や環境を自ら求めてはいないのかもしれません。
「Chiken and egg」でもあると思いますけど、ここを踏み出すのは経営陣からであろうと思います。
今期には改めてその想いを問い続け、経営者マインドにも力を入れていきます。

決して起業することが全てと思っているわけではありません。
私自身が起業ありきで生きてきまして、グループ内で起業することの有難味を強く感じておりますので、そのような思いの人間に機会を与えたいと願っているだけです。
一人二人とそのような人間が増えてくれば、引き寄せられることも有ると思います。


創業の精神を読み返すと当然これまでの歩みも感じることが出来ます。
変わらない課題、変わってきた課題を踏まえ、来年の今頃には成長を実感できる組織となるべく、まずは自らが成果・成長にどん欲になって進んでいきます。

 

独立を意識していた時、下記のような統計を目にしたことがありました。

「設立5年で約85%の企業が廃業・倒産し、
設立10年以上存続出来る企業は6.3%。
設立20年続く会社は0.3%。
設立30年続く会社は、0.025% しかいない」
つまり
「1000の会社のうち、3つの会社しか生き残らない。」

弊社は今期で10期目を迎えます。

その経験から、この統計データは外から見る景色や社内での立ち位置によっては感じ方が大きく異なるものと思いますけど、
大いに納得できる数字であると感じるようになってきました。

企業の存続は容易ではありません。
法人格を取得することは手段であって目的ではないので、色々と形式を変えていくのは当然とも言えますが、
それでも継続できている力と言うのは本当に凄いことだと感じます。
生き残っているから素晴らしいかと言えば、決してそうではないでしょう。
残された側にとって価値を提供できる組織でなければいつでも淘汰の波はやってきます。
私共も結果として10期目を迎えられましたけど、これからも「一寸先は闇」であり、常に備えておく必要を感じております。

この9年が順風満帆であったかと言えば決してそんな道程ではありませんでした。
会社を立ち上げる前に抱いていた勝手なイメージからしますと現在の数字は3年目には到達して、10年目には全国区から世界にどのように打って出るかを考えるような計画をしていました。
バラ色のようなこの計画は、会社設立後3ヶ月も経たずに如何に甘い見通しであったかを痛感しました。
最近ではある程度計画通りに進められるほどに立案と実行力は身についてきたものの、正しくストレッチ出来ているのかには自分自身で疑問を持ちつつも有ります。
深い孤独を感じながらもそれを上回る感謝があったからこそ一歩づつ進んでこれました。
時には後戻りもしていたようにも思いますけど、それも私にとっては必要な道のりでした。


改めて10期目を迎えるに当たり、大きなステージに向けて舵を切っていきます。
この9年で感じたことは、当たり前ではありますけどやはりトップの能力以上の成果は得られないという事です。
瞬間最大風速は思わぬ成果が出るかもしれませんが、継続して出し続けるにはトップ自身が能力を高め続けなければいけません。
同じ数字を30年出すことも素晴らしい能力の一つであるとは思いますが、私は常に変化し続ける社会で自らを変革してより高い付加価値を提供できる人間に成長していきたいと思っています。

力の源カンパニーは企業理念を
「変わらないために変わり続ける」とされています。
含蓄のある素晴らしいお言葉だと思います。


私自身もKAIL入塾の希望の精神であった
「強くなって多くのものを救う力を手に入れる為。より大きな世界で活躍して、世の中に貢献する為。」を読み返しどん欲に成長と言う変化をしていく所存です。


10期目としてどのような成果を出せるのか、今までとはスケールを変えて大いにチャレンジしてまいります。
そして、新たな感謝と共に11期目を迎えられるよう尽力します。

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