October 2016

ここ数年のグループのテーマの一つでもある表題です。
創業時より常に意識から消えることはなく、強い関心事を持って取り組んでいます。
ただ、未だに適正な答えは無く、今の自分にできることは「愛」をもって接するという位です。


人間には知的欲求と言う本能があるのだろうと信じています。
ただ、これは強い弱いも有りますし、習慣になっているかも結果としての大きな差を生んでいると実感しています。
動機づけの話もよく出るものの、私の頭の中には小宮一慶氏の「モチベーションより働きがい」が鳴り響いていますので、アメとムチと言うようなスタンスにはまり込むのは何かが違うのではないかと考えています。


趣味の世界の話であれば多くの方が誰に頼まれるでもなく勝手に勉強してどんどん詳しくなっていきます。
なぜ、仕事となるとそれが出来ないのか?それは多分に個人の仕事観に因るのだろうと思っています。
ただ、これもまた淋しい話が多く仕事観と人生観がリンクせず、仕事とはそんなものと言う程度の方が多数存在してしまっているように感じます。


私は、よく「世界を変えたい」と言いますが、この世界とは自分が存在している世界であって、何も70億の人間に対してのインパクトを与えたいと考えているのでは有りません。
自分が想定できる範囲でしか希望通りの影響を与えることは当然適わないと思っています。
想定外の好影響や悪影響があったとしても、その場合継続性は非常に低いものになるだろうと思われます。


自分自身が成長することに貪欲になれないのには現状に満足しているという事実もあるのでしょう。
それでも、知的欲求が本能ですから勝手に学習する個人・組織は継続を続けます。
この辺が風土の問題として捉えるのか?突然変異のみで片づけるのか?で対応は別れることでしょう。
私は、風土(環境)に大きな影響が有ると考えています。


会話の中身が雑談であったとしても学習に繋がるような知的レベルの高い会話が自然にできる方やそれを求める方はいらっしゃいます。
このような方々と触れ合う事で自分の知的欲求も刺激されているように思います。


学習の機会を設ける際に子供の教育同様、「押し付けは良くない。自らの意思が無ければ成長にはつながらない」とよく指摘を受けます。
当にその通りと思いつつ、学習の喜びと言う気付きを持っていない段階の方にはまずは強制でも知的水準が上がることでの喜びを感じる経験が必要なのでは?と思うのです。


ひとたび火がつけば、趣味同様勝手に個人は成長を遂げていきます。
結果、組織にも化学反応が起こることでしょう。
そのきっかけ創りは常に意識し続けると共に学習を始めた個人がその欲求を満たしやすい環境を整えることも私の責務と捉え経営の重大課題として今後も取り組み続けます。


学習の要諦は言志四緑第一条に有ります「当に自ら己を恃むべし、人の熱に因ること勿れ」であると考え、先ずは私自身が正しく学習をして、立派に成長する事こそが肝要なのだろうと、自責の念で取り組む所存です。
 

人財不足などを嘆く声はいつの時代も変わらないのかもしれません。
それでもある程度トレンドと言う物は有るように思います。

KAILを経験したことで九州財界を意識するようになるとともに現実的に触れ合ってみますと、年齢構成的には70代前後から上の世代の方が大変力強く存在しているように感じます。
人によっては老害と言うようにもおっしゃいますけど、明らかに今の時代を牽引して構築されたのはこの世代の方々です。
しかも、その頭角を表し行動を開始したのは30代、40代の頃からであったように聞き及びます。


今風に言いますととてもスーパーな方々です。
とは言え、生きている人間ですのでいつの日か現役そのものを引退せざるを得ない現実もあります。
その際に現実的にバトンタッチされるのは誰になるでしょうか?
一緒に盛り上げて支えてくれたであろうすぐ下の50~60代に実権が移るでしょうか?


私はそのようには思えません。
ご自身たちがパワフルに活動できた要因の一つに若くして要職を任されたことで、目先の利益ではなく中長期的視点(10年~40年程度)としての理想を追い求められたことに有るのではないかと思うのです。
その間、バブル含め様々な経済的転機が有ったものを乗り越えた方々のみが現在君臨されているのが財界です。
今更、少し下の世代に渡すよりも思い切った世代交代をする覚悟と行動が取れるのも今のトップの方々の魅力でもあるように思う次第です。
つまりはその場合、今の30~40代に大きなチャンスが有ると感じています。
ただ、チャンスの女神には後ろ髪が有りません。
自分たちが備えていなければ、その機会はあっという間に更なる次の世代または別の国で燃えていて準備をしている方々に根こそぎ持って行かれることでしょう。
その備えが出来ているものなのか、周囲への不平を言うではなくいつでも走り出せる用意が出来ていますでしょうか?


上の世代の文句ばかり言うのではなく、自分達ならばいつでもより良い社会を創り出せるという自信とその覚悟を有しておかなければなりませんし、ただ、待っているだけでも叶わないでしょう。


勝手に機会から飛ばしてしまった50~60代の方々は今からでも権力を確実に手に入れる位の覚悟と行動で進めなければ、歴史を見ても禅譲は有り得ないでしょう。
簒奪する事は如何かとは思う物の、禅譲と言う表現は現実的には色んな意味合いを伴っているものと存じます。


周囲を悪くいう事は誰にでも簡単です。
自らを省みて他責から自責に成らなければ自分がいる世界を変えることは出来ないでしょう。
それは、世代を超えても同様だろうと思います。
何よりもなぜ権力者になるのか?財界の重鎮となる目的な何なのか?その志・信念が無ければ、今の財界にいる方々のように大切には扱われないでしょうし、例え今が良くても晩節を汚すことになります。


少々乱暴に世代間闘争のような表現をしました物のいつの時代にも優れた人物はいらっしゃいますので、上記の限りではないことは重々理解しております。
それでも流れとしての人口動態を把握しておく必要は常にあると思います。


志と信念を持ち、自分自身に打ち克ったものこそが、世界に正しいインパクトを与えられるものだと確信しまして、少しでも自分自身が成り得る最高の自分になれるよう今後も勉強と実践を継続してまいります。

 

世によくある異業種交流会なる会合にはいつも疑問符を持って見ており、何か化学反応が起こる仕掛けが無ければ、ただ集まっても効果は期待できないと考えています。

勿論、積極的に動かれる方であれば、その場で人脈を作り、後々活用できることも可能でしょうけれども、ほとんどの方にとっては参加したことに満足して名刺のコレクターになってしまう気がします。


その点、異業種交流で現地現場で学ぶことは大変意義深いと感じている次第です。
自分達とは全く違う業界の生産ラインや業界の動向を知る機会は、自分たちの業界を立体的にみることにもつながり、多くの刺激を頂戴することが可能になると思います。


イノベーションは早々簡単には起こせませんけど、他業種で生まれたイノベーションを移植することは成功に近づけるパターンであると思います。
課題先進国ならぬ課題先進企業は多々あります。
他業界のライフサイクルマネジメントがどこに有るかによって自分たちの業界と比して課題の先進であれば学ぶことは多いと思います。


ただ、漫然と話を聞くだけでなく自分たちの問題として置き換えることが出来なければ、残念ながら異業種を見学をしてもやはり意味を成さないのでしょう。
どんなときもどのようなマインドセットで取り組んでいるかが大切で、過ごした経験や時間・場以上の影響が有ると思います。

常に自分の高い未来を思い、今の目の前に全力を尽くすことが出来るものこそが未来を変える力を手に入れると思います。
私自身も見失いがちになる今の目の前の課題としてとらえるべきことを如何に正確に把握し向き合い解決をしていくか、
その際に多くの修羅場を経験する事こそが将来の大きな成長に繋がると確信しています。

勿論将来も大切ですけど、今この瞬間を如何に魂燃やして生きるのか?忘れずに自分に問いかけ続けてまいる所存です。




ここ最近で社外、グループ外の方と行動を共にする機会がいくつかありました。
改めて、世の中には人物足る人が沢山いて自分自身が如何に狭い世界で活動しているかを思い知らされました。


ある程度認められたポジションにいると、概ねは理解できているような錯覚を起こしますけど、現実的には外の業界等で全く通じないケースが多いと思います。
それはコンフォートゾーンにいる証左でもあるかもしれません。

なんとなく評価されたり、階級や役職が上がっていきますと、自分の優位性を感じたりすることも必要ですが、それ以上にやはり謙虚にいろんなことを学び続ける姿勢が大切だと感じる次第です。
時節柄稲穂を良く見かけて思います。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
これこそ正に大切な言葉だと思っている次第です。


社内や有る限られた空間での評価はあくまでも狭い中からの抽出でしかありません。
広く人物を見渡せば年齢や立ち位置に関係なく素晴らしい人財は確実に存在しています。
磨かれていないだけの可能性もある中で、そのような人物と知り合い切磋琢磨できる幸せを感じていきたいと思います。


どうしても知識を知っている知らないで評価されたりしてしまいますが、個人での知識の量はネット社会には到底価値打ちできません。
それよりも本質をつかみ知識を知恵に昇華できる能力があるかどうかを大切にしてもらいたいと思います。


大きい会社だから知れることも有るでしょうし、良い学校ならではの知識もあると思います。
知識を知らないことを恥じて勉強を継続する必要は有るものの、知識は蓄えることに価値は無く如何に活用できるかが社会貢献に繋がると考えています。
年齢や肩書ではなくその人間の本質を見抜ける方は多くいらっしゃいます。
その為にもやはり慎独に徹し、自らを磨き上げ続けたいと思います。

私自身も多くの方から多くの学びを頂戴しています。
これをしっかりと社会に還元していきたいと考え行動を継続しています。


表題については、嚢中之錐をイメージしましたものの、よりその人物を発見しやすくするのは自分自身の感度の問題であり、コンフォートゾーンにいてはどんどん見えなくなってしまうだろうと思い、心にとどめておく次第です。
 
今この瞬間にも燃えている人間はどんどん先に行こうと我武者羅に努力されています。
私自身もそのように尖った努力を継続しまして、将来多くの変わり者達の中で切磋琢磨しまして談笑できます時を楽しみにしている次第です。
未来は明るい。なにより未来を明るくするのは自分自身の考えであると確信しまして、明るい未来に向けて猛然と進んでまいります。

 

年に一度のグループのOB会に参加してまいりました。

数年参加していく中で、OB会の中での知り合いが増えてきており、元気な皆様にお会いできますことを毎年楽しみにしております。
ただし、逆にお顔を拝見しませんと何か体調を崩されているのではと不安にもなります。
二年ぶりにお会いする方とは心躍って会えますのも複数年の参加を経験している賜物だと思います。


数年前に尊敬している大先輩が一旦現役を退かれていた際に頂戴した会話が心に強く残っています。
「いつの時代も現役が大変だ。終わってしまえば、過去に戻ることが出来るわけでもないし、思い出話としてしか通用しない。現役に任せた以上、口を挟まないのが吉。現役組は自分たちが最も大変だという気概と誇りを持って、目の前の課題に全力で当たるべき、先輩に比べればなんて謙遜している暇はなかろう」と言う主旨でした。


改めてOB会での諸先輩方の現役時代のお話を聞きますと痛快に聞こえますもののやはり今の我々なんかよりも大変な時代を乗り越えてきていらっしゃるのを感じます。
その先輩のお蔭で我々が有ることを決して忘れてはいけないと思います。
それを伝えられる立場である以上、社員にも常にその旨を伝え、今の瞬間に自分の利益だけのことを考える愚かさを理解してほしいと願います。


経営の色々な意思決定の中には諸先輩に対する思いが多分に含まれます。
関連会社として立ち上げて10年所属していたとしても、それは自分達だけで作ってきたわけではないことを、そしてこれから迎え入れる多くの仲間にも140年を越えてきた諸先輩方の類まれな努力があったことを伝え続けたいと思います。


世間一般において長寿の御祝い等をしている会では、2020年のオリンピックを見る為に元気でいようとよく見聞きしますけれども、弊社グループのOB会ではもう少し先の2022年の150周年を元気に迎えようを合言葉にされていました。
多くの刺激を頂戴して自宅で改めて100年史を少し読みました。
経営課題や社会環境はある意味いつの時代も変わりません。
人間の成長と和の精神の大切さを心に刻みました。


その際に弊社がどこまでいっているか?150周年時点で筆頭関連会社になると宣言して10年です。
更なる研鑚を積み宣言通りその位置にあることを確信して日々を過ごし続けます。


歴史に学び、経験を大切にして、何より社会との共存共栄を目指します。
新たなる自分の殻を破り続ける旅を継続してまいります。 

↑このページのトップヘ