November 2016

効率化を求めることはどの分野においても当然のように言われていることだと思います。
ただ、パッと見効率的に見えてもそれは短期的なものであって中長期的には大変なリスクをはらんでいる事が多いように思います。
一番のポイントは自分事ではなく他人事の蔓延であるかどうかだと考えるようになりました。


例えばどの会社にも経理業務をされている方はいらっしゃると思います。
それは会社が存続するにはとても重要だからです。
にもかかわらず、経理を理解せず、同じ社員であっても内容も把握せずにただ任せ続けて学ぶことをしない方がいらっしゃいます。
この世の全てを理解することは当然不可能でしょうが、自分なりの解釈をした上で業務自体を依頼しなければ、いづれ大きな問題になることと思います。


我々自身もアウトソーシング先であり、アウトソーシングすること自体を否定しているわけでは有りません。
ただし、アウトソーシングの活用には当事者意識が無くなった途端、危険な状況に成ります。
元々は全て自分たちでやらなければいけないことを外注化することでコアコンピタンスに注力するわけです。
外注化すれば全てが終わりではありません。
アウトソーサーも自らの商品の一部足りえます。
社内でも同様でバックヤードの仕事は自分の仕事ではないと思った途端に感謝も無くなり、確認作業もおざなりどころか全く機能しなくなります。



この点は、実家の落ち葉集めをしながら思いました。
国民全体で家の事すら外注化して自らで解決する意識が弱まっているのではないでしょうか?
自立・自活する能力は覚悟が無ければ芽生えないと思っています。

どこかでこの仕事は「自分の物ではない」、「自分の責任ではない」と思えばその仕事の完成度は細部にまで至ることは無いでしょう。
最初から社内の誰かの仕事だと思ってしまえば、最低限のチェックをすることもなく客先に提出するような資料もそのままにしてしまうことでしょう。

効率化は大企業で細分化された組織においては強く求められると思いますが、ベンチャー企業においては効率的でないことにこそイノベーションの機会が潜んでいたりもします。
私はグループ内の起業家を多く育てたいと考えています。
その為には、一つのことだけをするスペシャリストだけでは成し得ません。
これからもベンチャーマインドを忘れず、全方位で刺激を受けようとする体制を構築していきたいと思います。
それには、立場を変え、環境を変化させていくのが一番なのだろうと考え、行動を加速していく所存です。


仕込んでいる最中の行動は評価に値しません。
結果として仕組みが出来上がるその時まで邁進してまいります。

恥ずかしながら表題の件を全く知らずに過ごしておりました所、息子が試験を受けている間に話を聞く機会がありました。

センター試験も無くなり、いろんなテストの名称も変わるそうです。
とどのつまりは、「自ら考え学ぶ人財を育てたい」と言うようなことと現時点の私は解釈している次第です。
これは、会社組織においても大きな課題になっている事であり、如何様にしてやるべきか?に私自身も日々悩み苦闘している真っ最中です。
最も頭と時間を割いているテーマであると言えます。


この機能を学校や塾が有することができるのか?と言う疑問はあるものの、まずはそこを目指したいと思うことには大きな価値が有るので、その点は高く評価しています。
与えられたものだけではなく自らの意思で進めていくと言うのは、挫折経験の多い者ほど身についているのかもしれません。
それ故に、学校よりも塾の先生のほうが、より早くこの時代の流れにアジャストしてくるようにも思います。
本体にいる学校の人員の改革ほど難しいのだろうなあと推察しています。
やはり、既得権を手に入れたものはなかなか手放さないですし、そもそも既得権の上に立っていることすら認識がしづらい公務員の方々には改革を受け入れる土壌が無い様に思います。
ですので、改革と言う激しい言葉を使わずに仕組みと仕掛けで教育現場を変えていくのだろうと思います。
その手法に大変興味があります。


変革を求められる企業体・組織においては三枝正氏の著書であるように、「強烈な反省論」から全てを始める必要が有ると思います。
自分自身が当事者でこのような状況に追い込んだのはトップだけの責任ではなく存在している全員の責任であると言う意識が無ければ、力強く改革を進めることは難しいでしょう。
そして、この改革が出来なければ、その組織は解体させられたり、消滅するのみですから、一般企業においてはわかり易い物と言えます。


学校組織は全てが民間ではありません。逆にほとんどが公立であり既得権が侵されることが有りません。
その様な組織で5~10年も生活すればすっかりその空気に染まってしまうことでしょう。
これまでの期間で劇的な変化を受けたことが無い組織にとっては、今後も激しい変化は望まれないでしょう。
ただ、子供を持つ親のエネルギーは既に緊張状態であるかもしれません。
自らも体験していない世界に子供たちを送り込むことに抵抗を示したり、積極的に取り組んだりと相当の当事者意識で乗り込んでくるものと想像しております。


自らで課題設定を出来る子が育てられれば世界で重宝されることは間違いありません。
是非、そのような次世代を育てていただきたいと思いますし、私自身も当事者として課題設定能力向上の推進にお手伝いをしたいと思っています。
何の気なしに参加しました今後の教育論で面白い議題を頂戴したと思っている次第です。

このような状況になってもHowto本などテクニックを求める方が多そうにも思いますけれども、それよりも根源的な学ぶ喜び、成長の楽しみを実感できるよう支援する方が増えることを望みます。


そして、課題設定能力を何故あげなければいけないのか?という更なる根源に気付き、志と信念の重要さに気付く方が増えることを切に願っております。
金儲けではなく社会のため、公のための精神を至る所で伝える人が多くの現場で責任者となることこそが、国益につながると確信しています。





 

最近縁あって、参加させていただいている活動にて紹介された本を読んでみました。
自分からは手に取ることが無いであろう本を読むのは良い刺激を頂戴します。
今まであまり意識と言うか注視していなかった分野でもあるので、この本をそのまま受け入れて良い物か迷いますものの、大変興味深く読了しました。


私にとって金融と言うのは、現在の資本主義社会において必要なもので有り、血脈の様に無くなればそのまま市場からの撤退を意味するほど、重要な事柄として捉えておくべきだと思っています。
ただ、自分が金融システムに入って仕事をするという意識はあまりありませんでした。
自分にとっては、不動産に近い物でも有り、不労所得として収入を得る、複数の入り口ポケットの一つとして活用する、財務・税務のテクニック上勉強しておく必要があるという程度の物でした。


グループには金融機関からの出向者もいらっしゃいますので、色々とお話を拝聴する機会も多いのですが、とても優秀で真面目な方が多い印象を持っています。
とは言え、なかなかイノベーションなどは難しくルールに則って如何に効率よく捌くのかが評価になるケースもあるように見受けられていました。
多くの企業においてある程度の成功を収めてきますと、不動産や金融商品などを活用したポートフォリオを組み始め、事業を盤石にするには活用が必要だと思っています。
ただ、金融に依存し始めるのは如何なものかと言うのが私の根源的な思想です。


英国が産業革命で財を成した後、世界の金融大国として未だにある程度の繁栄を享受されています。
米国も第二次大戦以降の経済活動の結果、金融に力を入れられまして、ファンド大国になったのも事実だと思います。
結果として、サブプライムローンの問題が起こり、リーマンブラザーズの破綻などを招き、金融に端を発した世界不況を巻き起こしました。
金融は重要ではあるものの産業には成り得ないというのが私が思う所であります。
勿論、多くの知恵を使われて金融には数多くの商品が出来ていることは、経済繁栄に大きく寄与しているので、業界を否定するわけでは無いというのが大前提です。
それでも、やはり1~3次産業を大切にして、経済成長を資産運用が上回り続けるのは如何なものかとただただ思うのです。



表題の書の中にも書いてあったように金融機関が如何に産業界に寄り添い、有るべき姿を示し続けるのか、これからも問われ続けているように思います。
二宮尊徳はある意味、金融にも関わっていました。
それでも本業は農業であり、誰よりも農業に心血を注ぎ、そこで貯まったお金を世のため人のために活用するべく当時の金融システムを構築されたように認識しています。


容易でないことは重々承知しつつ、金融に身を置かれる方々においては、同情されるほどの勤労を前提とした立ち位置が必要なように今は感じております。
過去の偉人で安田善次郎氏や四島一二三氏などの生活を聴きましても人格者であったことが伝わってまいります。
金融に携わるからこそ更なる高貴さが必要であり、それだけに期待されることも多くある業界だと思っております。
日本人の中には投資と投機の区別も無く、そもそも金融を眉唾でとらえる向きもあるかと存じますけれども、私含め知らない業界についてメディアが伝えるようなステレオタイプではなくしっかりと知識を習得しまして、理解に努めてまいりたいと思います。


幸いKAILで多くの素晴らしい金融機関に勤められる方と知り合うことが出来ましたので、自分自身の知見を更に深めてまいる所存です。

今後も知らないことを知る機会を積極的に活用しまして自分の幅を増やしてまいりたいと思います。

社内、グループ内においても色々な指摘をしてくれる方がいらっしゃいます。
自組織、他組織に対しての懸念事項や潜在リスクを現場にいるからこそ気付ける指摘であり、心して拝聴することが多くあります。
結果に対して、こちらが行動することが効果有と判断すれば、垣根を越えてアクションを起こしますものの、あるべき論や理想論を強く語られる方に対しては、「だからこそ貴方がそこに居るのではないでしょうか?」と感じる機会が増えてきました。


これは正に私が以前言われた指摘でありまして、情熱のままに疑問や違和感を色々なところにぶつけて「このままではいけない」と各所に警告を発したりしていました。
そんな際に大先輩から「だからこそ貴方がそこに居るのであって、解決への行動をすればよい」と指摘されました。
また、事業責任者になってからも頼んだ仕事が自分の10倍100倍の時間を与えても終えることが出来ないスタッフについて悩んだ時も同じ方から、「人を導くことも重要な仕事であるものの出来ない人間も多数いることだろう、だからこそ我々が存在してるのであって、そこで如何に動くかを常に問われているはずだ。周囲を言い訳にして自らが動くのを止めた時に最も損をするのは自分以外に一人も居ない。」と、今では他の方にお伝えすることが増えたお言葉を頂戴したことがあります。



これらの事を昨年の社会イノベーター公志園でスケールを拡げて気付かせて頂いたように思います。
グループ内外の狭い世界ではなく社会課題に気付いてしまったからこそ、そこから逃げずに取り組み続ける。
そのように素晴らしい方々は沢山いらっしゃいます。
そこには打算的考えは無く目の前の困っている人、悩んでいる人に対してささやかながらも解決策を見出した自分がいる以上、目の前の事に全力を出し続ける。
結果としてそれが大きなムーヴメントになったりもするのでしょうが、始めた時には純粋な想いであったことと存じます。


KAILでも経営に携わるものの責務を沢山教わりました。
知らなかった知識も増えました。
そして、気付き知ったものの使命を強く感じます。
今、目の前で出来ることは小さなことでも大きな課題に気付いた以上逃げずに取り組み続けてまいります。
気付き自らが行動する人生はとてもダイナミックなことも可能になります。


社内でも少しづつではあるものの、与えられた仕事だけではなく自らで課題設定を行う者も見受けられるようになってきました。
スケールは別にしてまずは自らの課題に気付き、等身大の自分とのギャップを正確に把握して、その課題解決に向けた手法に如何にアプローチしていくかはとても重要だと思います。
与えられる仕事ではなく自ら創り出す仕事は大きな差があります。


気付いた者同士が話し始めるとより大きな気付きを得られます。
残念ながら生涯気付かない人間はいらっしゃると思いますものの、社内においては色々な仕掛けで気付きやすい機会を提供していきたいと思います。
 

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