March 2017

弊社も10期目を終え、11期目を迎える時期となりました。
会社の10年生存率は諸説あるものの、11期目を迎えられること自体は恵まれていることであり、深い感謝と共に素直に喜びたいと存じます。
ただし、生存していることに価値はなく、如何に生き残り続けるかに大きな価値が在るのだろうと考えている次第です。


この10年で多くの経験を積ませて頂きました。
10年前には想像できなかった経験や出会いもあり、改めて10年前に一歩を踏み出して良かったと心から思えます。
来期からはまた新たな旅路へ向け、今までに踏み出したことのない世界への一歩を踏み出してまいる所存です。
「無知の技法」という本から新たな知覚を仕入れる境界線に立つことの価値を学びました。
その為にも「ルビコン川を渡る」必要性を感じています。
All or Nothingのリスクを常に取るべきとは決して思いませんが、ある程度無知の世界との境界線を保たなければ私が期待している成長は叶わないように確信しました。


11期目からを第二の創業期として位置づけ、既存領域の接点を格段に広げるべく活動してまいります。
そして、20期目を迎えるころには振返って納得できる成果と何よりも自分たちが達成感を誇れる状態で迎えたいと思います。


与えられた一度の人生に感謝して、社会や世界にどのような貢献ができるのか、成長を貪欲に求め、成果にこだわる一年としてまいります。



世界は変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)になる一方だそうです。
表題はこの頭文字を取って生まれた言葉です。
地球環境でいきますと人間が生態系に与えた影響は多分に強いものの、昔から同じような状況なのではないかと私は思ってしまいます。
逆に人間が傲慢にも世の中を予測できると考えてしまったことに問題があったのではないかと感じます。


私自身は「いつでも世界はほぼ常に理解不可解なものだ」と捉えておくことを前提にした方が良いのではと考えています。
勿論、ロジックに基づいてある程度の未来予測が出来ることは多分にあるでしょう。
それでも人智を超えたものがあることを常に謙虚に理解しておかなければ色んな不幸を招くように思います。


VUCAだからこそ世界は素晴らしいとも思います。
決して刹那的に考えるのではなく、変化が大きいからこそ予測することにも価値が有ります。
評論家で居ることの価値を下げているようにも思えて、嬉しい言葉を知ったと感じています。
結果は誰にも分からないけれども、思いを大切にしてなりたい自分を目指し、自分自身が掴み取りたい未来を積極的に手繰り寄せる努力の甲斐があると思います。


実務家は、評論家や学者とは一線を画します。
結果に責任を負うからです。
今のトレンドを追いかけて解釈を説明するのではなく、そのトレンドから見える未来がなんであるのか?そのトレンドの先に自分が創り上げたい未来を築けるのか?圧倒的当事者は常に既存の枠を超え自らの責任の範疇を増やし、成し遂げたい未来をこの手に収めます。

待っているだけでは決して得られない、挑戦によってこそ勝ち得る未来を目指してまた新たな一歩を踏み出してまいる所存です。


 

なかなか刺激的なタイトルでしたので、直ぐに購入・一読しました。
残念ながら私が参加できない日に著者が弊社グループで講演される機会があり、せめて著書だけでも読んで理解しておきたいと思ってアマゾン検索にて決めました。
 
サブタイトルは、『人との「つながり」が最高の健康法』と言うものでした。
以前、TEDにてハーバードが長年研究して「人生を幸せにするのは何?」と言う映像の結果を一言で言い表わせたものであるように思い、手に取りました。

寿命と言うよりも健康を大切にする際にリレーションシップはとても重要なようです。
それはとても納得感があるものでした。
「つながり」と言うキーワードは多くの世界を持つ必要を示しているのだろうとも感じました。


色々と定義はあろうかと思いますけれども、世界と言う言葉には色んな意味合いが有ると思っています。
一般的には世界は一つで地球全体(場合によっては宇宙全体)などを指すことになりますけれども、
Wikipediaを叩いてみても下記の通り沢山出てきました。
・宇宙の中のひとつの区域で、一仏の教化する領域。
・地球上の人間社会のすべて。人間の社会全体。限定された社会ではなく、全ての社会の集合、全人類の社会を指す。地球上の全ての国。万国の意。特定の一国ではなく全ての国々ということ。報道・政治等で多用される用法。
・人の住むところ。
・世の中。類義語に「世間」。
・同類の者の集まり、またその社会。
・特定の文化・文明を共有する人々の社会やそのまとまりを指す。「キリスト教世界」「イスラム世界」。また「第一世界」「第二世界」「第三世界」のように冷戦体制下で見られた陣営ごとの国々のまとまりを指すこともある。
・すべての有限な事物や事象の全体。宇宙。
・特定の範囲。
・歌舞伎や浄瑠璃で、特定の時代・人物による類型。
・フィクション文学において、上項の「世界」概念を拡大解釈し、ある生物が活動する社会・空間・天体など。


私は、「同類の者の集まり、またその社会。」「特定の文化・文明を共有する人々の社会やそのまとまり」「特定の範囲」と言うような意味合いで使うことが多いです。
そういった場合の世界を沢山創ることが「つながり」を増やすことになりますし、自分自身の精神の安定にも繋がると考えています。
自分が生きている世界が少ないと、そこの地盤が崩れた際に自らの存在意義を見失い、心が不安定になってしまうように思っています。

タイトルに戻りますと、実質的には友達の数と言うよりも世界の異なる友達の数を増やすことが大切であるように思います。
ただし、1対1で考えれば、世界は友達の数だけ出来るとも言えますので、やはり友達の数は増やして良い事が多いと思います。


本の中では、笑顔の大切さなど他にも多くの示唆に富む言葉がありました。
今までの勝手な常識ではなくエビデンスに基づいた新説は今後も出続けると思います。
常に学習をしてこのような本から如何に社会に還元できるのかまた活動をしてまいりたいと存じます。
















 

今月の松下幸之助翁の卓上カレンダーの言葉が表題のものでした。

現在、様々な課題と対峙している中では、信じられないような救われたような気持ちになりました。
自分自身に与えられた課題に感謝して、逃げない事はとても重要だと思います。
とは言え、それは容易なことではなく、今まで壁を乗り越えてきた人間でなければ受け容れることすら難しいようにも感じます。
それでも前を向いて戦い続けるのは、やはり自分自身の志と信念に拠るものだと考えています。


一度きりの人生を如何にして生きるかは、自分にしか決められません。
自分自身の舵は自らが取らなければ成らず、その結果は当然に自分自身に帰結します。
将来予測を如何に立てたとしても、思惑通りに進むことなどほとんど無く不確実性の中でしか途は進めません。
挑戦者としての道を選んだ以上、「道は歩いてはじめて創られるもの」なのだろうと思います。


壁を越えた先、あるいは暗い沼地を越えた先、そこに拡がる景色は想像でしかないものの期待に胸膨らませ歩み続けたいと思います。
この複雑で曖昧かつ不確実な世界を生きていくには、いかなる出会いも喜びに変えて未知の世界に飛び込み続ける覚悟を持つことが、より良い人生を歩むのに必要だろうと思い、松下翁の言葉に力を頂いた次第です。









 

 

↑このページのトップヘ