August 2017

最近はグループの歴史に触れる機会が多く色々な思い出話を聴く機会がありました。
また、文献として残っているものにも改めて目を通してみました。

文書で残ってみるものを読みますと、話で聴いていたものとは少し異なったりしていました。
それは細かい年月だけではなく、エピソードの2つが一つに纏められていたり、私にとっては重要であったような事実が端折られていたりと感じることもありました。


想い出話をいろんな場面で話す分にはある程度事実と異なる点があっても良いと思っていますものの、
文献として残す際には主観と事実は分けておくべきだろうと思います。
私含め過去の話を思い出そう利太時には人との会話でもフックすることはありますものの、やはり手帳などをめくる事で、色んなことを思い出すことができます。
自力で思い出すことはとても難しく、更には自分の解釈が入りやすくなってしまいます。


今回拝見した読み物では、その記憶も曖昧になる前にとお亡くなりになった方へのエピソードなりを集められていました。
記憶に頼っての文献も趣はありますものの、記録を残しておくことの大切さを痛感した次第です。

その為にもこまめにメモを取り、事実と個人の想いがわかるような記載の仕方を心がけるようになりました。
取引際の会社によっても異なりますけれども、議事メモなどでも記録を残すことをどのように扱うかは将来において大きな差を生み出すことを感じました。
スピードを大切にしていますと、瞬間的には議事録や報告書の作業を手間に感じることも有るかもしれませんけれども、文書を残しておくことは未来の方の役に立つことがあるかもしれません。
不要なものはそれを理解した時点で削除すれば良いだけでしょう。


メモを取るなど記録することの重要性を改めて感じておりますものの、現時点で全く思わない人にはこれを理解してもらうにはなかなか時間がかかる事かもしれません。
まずは、記録を取り易くするような工夫をするなどして、議事メモの習慣を身に付けてもらいたいと思います。
現在は、以前の紙文化と比してデータで記録・保管など手法は容易になっています。 


記録に改竄を起こさない心構えも大切です。
やはり今の瞬間を見るのではなく、せめて中長期的な目線を持ってもらいたいと思います。
最近は、サピエンスの2~30万年前の歴史や、言葉ができてから5千年の歴史を考えるに連れて、長いスパンで物事を考える大切さにも思いを馳せたりしています。

それでも人間の本質にはあまり変化が有りませんので、感情を持っていて、人間関係の中で色んなことが動いていくことには違い有りません。
過去を振り返って想像することで、色んな時間を旅することができるのも人生の喜びの一つであろうと思っています。


麻生家の家訓であり、グループに入ってからはよく目にも耳にもする言葉です。
家訓としては「程度大切、油断大敵」となっています。
もう一つ、吉田茂から多くの場所に記載された「無私」と言うのもグループ経営において機軸になっているように感じておりまして、太郎代議士の「為公会(現、志公会)」も影響を受けているものかと存じます。


私は次男でもありますので、長男とは異なる教育を受けてきました。
結果として分相応と言う言葉を常々意識していたように思います。
その昔、「一升瓶には一生の水しか入らない」との言葉に触れ大いに感銘を受けたことを忘れておりません。
この世に生を受けたことに深く感謝して自分の能力に見合った活動をすることの大切さを色んな場面で体感してきました。
師匠からは「等身大の自分を知ることがとても大切」と2002年に教わってから特に意識していますものの、この難しさも痛感しているところです。
この度、麻生のOB会が作成されました文書に触れ、『程度大切』についてまた感じるところがありましたので、記載しておこうと思います。


麻生百年史など多くの場所に記載されている内容ですけれども、麻生太吉翁が鶴次郎と呼ばれていた13歳の頃に与えられた子牛を通常以上に稼動させて子牛も膝をついてしますほどで、一部の荷を自らが背負うほどの仕事を終わらせたことに息巻いていると麻生賀郎に一喝され、勘当の処分を受けたと言うエピソードです。
その際の賀郎氏からの言葉に「今日は汝と二人のみではない。盆会に当って先祖代々の仏様がお出になっている。(中略)よく自分が許しても先祖に相済まぬから、只今この家を勘当する」「今度の事は軽微な事と言ったが、凡そ処世上、程度ほど大切なものは無い。この程度を知らぬ者ほど始末におえぬものはない。」とあります。


今までに何度となく読んでいたこの文書に別の考えで触れることになりました。
それは、
1.自分自身の判断のみではなく今までの歴史の中で、自分よりも尊重するものが居るからこそするべき判断力
2.他人に影響を及ぼす人間はその人生にも責任を持つ必要があって、個人の判断ではなく各人の人生を考えると言うこと

物事に不可能を決め付けるのはよくありませんけれども、今までの経緯から現時点で出来ること出来ないことは分別しなければなりません。
成り得る最高の自分を目指していただくのは当然ですけれども、それでも到達出来ること出来ないことはあるでしょう。
事業責任者として、各スタッフの最高の人生を歩んでもらうためにしっかりと個人個人に着目をしていきたいと思った次第です。
与えられた永い歴史のおかげで多くの学ぶ機会を与えていただいているとも思います。


環境に感謝しまして、より多くの社会貢献に勤めてまいります。

永い歴史の中で御先祖様は多くの宗教と関わってきましたので、お盆に限らずお墓参りなどする機会は多くありますけれども、今回は時節柄また考える機会がありました。

2017年に日本に現役世代でいる事に感謝しか有りませんけれども、その中でも私自身は大変に恵まれていることを自覚しています。
私どもが感じる苦労などは大したものではなく、先人に感謝することの方が遥かに大きいことを体感しています。
それでも人間として生まれた私には当然に感情があります。
公共心を持って生きたいと思いつつ、自分自身の道を選択し続けている最中です。
そんな中、何世代にもわたって親戚一同が仲良くできていることは先人からの教えに他なりません。

自分たちが何故存在しているのか?
自分たちのルーツは何であるのか?
自分たちが何のために生きるのか?

幼い頃から交わってきたもの同士で今更ながらに学ぶことが多いことに感謝しかありません。
昔話に興じながらも、教わるべき伝統と歴史を次の世代に引き継ぐべく勤めてまいる所存です。


各宗教に基づき、儀礼は多々ありますものの心からのご先祖様との会話は自分にとってとても大切であることを感じます。
一朝一夕ではない永い歴史と伝統に携われることに深く感謝をする共に、その誇りを未来に伝える役割を担えていることに感謝しか有りません。
現在の経済社会での様々なことは、御先祖様に比べれば恵まれていると十分理解しています。

どのような生き様をしていくかは子孫に多分な影響を与えることをしっかりと理解して、今の自分自身の生き方を三鏡に映してまいります。


歴史に学べることが多いことを実感することが増えておりますので、可能な限り多くの文献から学びを深めてまいります。
自分を育ててくださった御先祖様に深く感謝すると共に次世代について考える機会をもてた盛夏でした。



表題以外にも『人間の真価は逆境にあり』などと言う表現があります。
とは言え、感情の生き物である我々人間にとって、その時は本当にシンドクなります。
そんな時には、自らを鼓舞する復活の呪文が必要だろうと思っておりまして、日々いろんな言葉を集めていたりもします。


少しだけ環境が変わっただけでも際にあっという間に心に波が立つのを感じることがあります。
泰然自若が如何に難しいことであるかを感じる瞬間でもあります。
それでも、先般より読んだストレスの乗り越えた先を描くことで、あるがままの感情を受け入れてその先に一歩前に出ることが出来るようになりつつあります。
以前に参加経験のある社会イノベーター公志園で、「箱庭ビジネスで終わるのか、サステナブルな組織にするのかの分岐点」と言うような表現を聞いたことが有りました。

私共の組織も同じような分岐点にあるように思います。
設立して10年会社のことは誰よりも詳しくあろうと努め、現場に顔を出し、自らも汗をかき、分からないことが無いようにしてきました。
その分、任せると言うことがとても弱かったように思います。
これからもそのスタイルで成長を遂げる自信はあります。
それでも自らが達成したい世界にはこのままでは届かないようにも思うように至りました。


鉄鋼王のアンドリューカーネギーの墓標に刻まれている言葉のように、如何に自らよりも優秀でガッツのある人間に楽しんで働いてもらうかをもっともっと強く意識した組織作りを進めていこうと思います。
この道には、数多の困難が待ち受けていることも理解しています。
それでもこの新たな道を歩むことに逡巡の結果、決めました。
若い若いと言われた時代も遠く過ぎ去ろうとしています。
自らの新たな道を楽しんで歩んでまいる所存です。


どんなに新たに見える道であっても先人が歩んでいないことはありません。
今の時代には先人の学びを本などを通じて知ることができます。
有史以来私だけが体験することなど、ある意味残念ですけど有りません。
それでも、一生懸命生きて、先人たちと言う巨人の肩に立ち結果として今までの巨人よりも遠い景色が見通せるように、成りたいと願います。
今後はますます自分にとって未知の領域に踏み込んでまいりますので、古典に学んで参る所存です。
そして多くの復活の呪文を手に入れて、自分自身の感情の変化を楽しみつつ、多くの課題に挑んでまいります。
その結果、得られる世界が未来にとって有益であるものになることを信じて進みます。





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