November 2017

色々と悩ましいことがあった時には今までに教わった復活の呪文を読んだりして、自らを鼓舞して出来るだけ早く精神の安寧を図るようにしています。
そんな時に考えることのひとつに表題の考えがあります。
人間は動物なので、野性の中で如何に生きられるものかと言うことだけではなく、
今までに結果として与えられている地位や財産などは奪われたとしても、自分自身で培ってきた体力や頭の中だけは何人にも奪われることなく、自らの経験値として残り続けることは間違いありません。


全てが一瞬にして奪われた時に自分自身に残るものは何なのか?などを考えるときがあります。
毎日が創業の精神であれば、それまでに経験を積んだという価値だけでも有難い物のように感じます。
私に残るのは、志と信念と今までの人間関係のみでしょう。
人間関係も自分自身が全力で御付き合いできた方しか残らないのでしょう。


やはりやるべき事は、与えられた使命に対して全力で取り組むことなのだろうと思います。
やりたい事よりもやるべき事が先であると言う幼い頃からの躾をしっかりと守り、今与えられているこの場に深く感謝しまして、自分で出来ることかつやるべき事に全力投球しまして、自らのやりたい事であるより社会貢献に繋がる多くの活動を出来る環境を自らで構築していきたいと思います。



変革と創造はいつの世でも求められています。
私が教わっている変革と創造とは事前の不確実性と事後の常識性とされています。
実現創造するまでは不可能に見え、実現した後には当たり前になっていることは多いと思います。


弊社においても病院の一部署であったものが、分社独立して十年を経ることが出来ました。
12年前の2005年当初には分社して稼ぐ会社になるとは、誰も思っていなかったことでしょう。
今ではある程度の安定した利益を見込まれるほどの組織となることが出来ました。


変革と創造は誰が起こすかと言えば、気付いていしまった人間なのだと思います。
また、気付きをそのままで終わらせず、一歩前に出ることが出来る人間にしか達成できません。
一歩踏み出したところで終わりではありません。
誰にも見えていない世界が見えてしまった人間は、周囲を巻き込みながら形を成していかねばなりません。
それは孤独で容易な道ではありません。
誰しもが達成できるとも限りません。
それでも事後の常識性を力強くイメージしながら進んでいける人間こそが将来的にリーダーと呼ばれるのだと思います。


リーダーとマネージャーは、至る所で議論されますものの定義は人や組織によって異なったりしています。
私も場によって異なる使いわけをしています。
本質的には生まれ付いてのリーダーは居らず、結果としてリーダーになるものでありまして、そもそもリーダーを目指すことはおかしいことのように感じます。

気付く人間は数多く居ることでしょう。
それでもそれを評論して終わるのではなく一歩を踏み出せる人間は少数です。
更にはその活動を継続できる人間とも成りますとますます少なくなるでしょう。


評論家との大きな違いはまず一歩を踏み出せるかどうかです。
残念ながら評論家は一見優秀に見えることがあります。
それでも本質を理解できる人からすると、なんだか「匂い」で見極められているように思うのです。
指摘こそされませんが、経験値から来る匂いの違いは行動によって差が開くだけです。
人生を評論家で終わらせるか、一歩前に出るかは「この指止まれ」が自らで出来る人です。
ただし、そこには当然正しい志と信念が必要なのは当然です。

表題は二ノ宮尊徳翁の言葉として認識しています。
考え方の根本として至誠がとても大切であることを説くと共に実行しなければ意味が無いことも併せて伝えているのだと捉えています。

至誠の精神が己の志に無ければやはり、どのような実行をしても望まれる結果には至らないと考えます。
また、全てに至誠であるべできあるとも説いていないように感じています。
自らが信じる道において至誠を貫き実行することこそが、最も成り得る最高の自分への最短の道であるのでしょう。
周囲からは回り道に見えたり、失敗に見えたとしても、自らが内省する機会を得て、更なる至誠に気付ける事にも大いなる価値が有るのだと思っています。


挑戦と失敗を繰り返すことで得られる貴重な経験は、自らの実行力を示し、至誠に近づく気付きを多く与えてくれるものでしょう。


気付きを気付きのままで終わらせず、実行できるかは人生を大きく変えることに繋がります。
その行動が習慣になったとき、揺るがない信念として自らの芯を形成してくれるもと思っています。
そのときには経験の数が至誠にも磨きをかけてくれると信じています。
同じような失敗は避けるとして、失敗の無い人生は何もしない人生だと思いますので、これからも挑戦していく姿勢を崩さず、前へ前へと進んでまいります。
その為のエネルギーは自らで保ちつつも、周囲の方からも育てられるものでもあると思っています。

多くの同志のような方々と知り合いになり、立場は違えど仲間となれる人間を増やしていくことが限られた自分の人生においてもとても有意義なものだと考えて、これからも邁進してまいります。


今までの貴重な経験を得ての次なる手はより自分自身や社会にとって価値ある一歩となる道を選ぶつもりです。
経験の中にある多くに失敗を恐れず、知恵に昇華させて、何より不確実な未来に向けても一歩を踏み出し続けることで、社会に貢献できる力を身に付けていく所存です。


If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants.
の言葉の通り、先人によって与えられた環境をより良い物にして次世代に渡していけるよう社会の一員として務めてまいります。

重要性と緊急性を縦軸、横軸にとってマトリクスはよく見られることと存じます。
分類しますと
第一領域は重要かつ緊急事項
第二領域は重要だが緊急ではない事項
第三領域は重要ではないが緊急事項
第四領域は重要でも緊急でもない事項
というやつです。

第一領域は、何よりも優先順位が高いことは明確でしょうし、第四領域はほとんど手を出すこともないでしょう。
ただ、多くの人間は第二領域よりも第三領域に時間や労力を奪われることが多いように思います。
勿論、私自身も同じように目の前に来た事象に捉われてしまっていたと感じます。
しかし、本当に事を成そうと考えるのであれば、如何に早く第二領域に手を付けることが出来るかはとても重要なはずです。
来たるべき将来の課題に対して、ある程度余裕を持って対応しておくことで、実際のその瞬間には適切な対応を取れることと存じます。


個人的な課題でいえば、語学力ですし、会社でいえば様々有ります物のサービスの標準化などが第二領域に当たると考えています。
会社創立十年を経て、ベンチャースピリッツは失わないものの、提供するサービスをますます拡充させていくために多くの仕掛けをしていこうと思います。


これから新たに提供するサービスも全て「先義後利」に従って、顧客満足度を高め続け、感動を提供できる組織でありたいと願います。
社内においては安全第一で、未だ手を付けられていない分野にも積極的に取り組みます。


新たな課題が出てくることが大変有難いと感じます。
一風堂の河原氏がおっしゃられていた「毎日が創業」という視点で見ますと、10年前の顧客もゼロ、スタッフとの価値観共有作業無しの環境に比べますと如何に恵まれているかと心底思います。


私自身の夢はまだまだ広がっています。
それでも「やりたいことの前にやるべきこと」だと思っておりますので、組織や個人にとっての第二領域にしっかりと踏み込みまして、価値有る未来を自らの手で掴んでまいりたいと存じます。
今から弊社の二十周年が楽しみで仕方ありません。
それまでの過程もワクワクして過ごしてまいります。


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