March 2018

表題は一風堂の河原氏がおっしゃっていた言葉です。


会社を経営しているからこその苦しみがあったとしても、それも現役である喜びの裏返しでもあります。

何より創業時には出来なかったスケールで色んな事が動いていることには感謝ばかりなのではないでしょうか?

経営を始めているからこそ負債もあるかもしれませんが、それらはB/S同様に資産になっている部分もあります。



『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言います。

歴史に学ぶに越したことはないですが、経験によって得られたものは確実に自らの血や骨に変換させておかねばならないでしょう。

同じ過ちを繰り返してはならないのです。



我々は明日より12期目に入ります。

創業当時に描いていた12年目の姿と今は大きく異なります。

納得も満足も出来ていません。

それでも等身大の自分を突きつけられることの多い経営者と言う職業に感謝ばかりです。

これからも経営理念に基づき行動をしまして、社会・世界・文化の発展・継承に貢献して行く所存です。



自らの実力を等身大で知る機会を増やすことは成長の機会に気付けるということでも有ります。

これからも冷静に自分を見て辛辣なコメントを下さる方々を大切にしてまいりたいと存じます。

世界の未来は常に一寸先は闇であると共に人生の本舞台は将来にあります。

周囲への感謝も忘れてはなりませんが、自らの力で切り拓く事を忘れてもいけないと思います。

人間は一皮むけば猿と変わらない野性味もあります。

体力錬成も経営知識と共に増やし続ける新年度にしてまいります。



私は何者でどこから来てどこに行くのか?常に考え日々の全力を尽くしてまいります。

『やりたい事よりやるべき事』与えられた機会を感謝のみに終わらせず次世代にしっかりと明るい未来を渡すべく燃えていきます。






今年度も残り僅かとなりました。

弊社の十一期目が終わります。

今期は自らの壁・殻を痛感させられる一年となりました。

自分で勝手に決めていた組織の天井のような物を取り除く事が大切であることに気づけました。



自分の垢を取り除きつつ、芯を変えないのは容易では無いと思いつつも、この変革すべき事を喜び成長に繋げたいと思います。

やるべき事は沢山ありますが、それらをやりたい想いを強く抱いてもいます。

自分自身の足りない能力をしっかりと認識して、己と対峙する事で自分の成長に繋げてまいります。



『我々は何者でどこから来てどこに行くのか』と言う絵画が有ります。

絵を見ても今の私には正直理解出来ない部分が沢山有りますが、このタイトルについてはよく考えます。

有限の時間の中で何を成すべきなのか?は常に考え続け実行が必要だと思っています。

『創造と変革のリーダーシップ』を孤独を抱えながら生きていくのは経験しないとわからない部分があるとは思いますが、それでも成し遂げたい意志がなによりも大切だと感じています。

その覚悟が無ければ、一歩前に出ると厳しい局面にさらされてしまう事でしょう。

それでも私は一歩前に出る事で得られる価値は、今その場にいることよりも経験値は格段に増えるので推奨してまいりますし、何より自分が行動をしていきます。


次年度は『安全と数字とロジックを共有する』を年度方針とします。

出口治明氏がよく使われる言葉に大分似ておりますが、とても大切なことだと思っているので、浸透を図ります。



素晴らしい先輩に勧められた本の機会もあり、最近冨山和彦氏の著書を複数冊読みました。
冨山氏は以前弊社の経営セミナーで講演していただいたこともあり、それ以来何冊か読んで来ましたが、今回も大いに楽しめる期間でした。

IGPI流シリーズは即活用可能なアイデアが詰まっており、早速に自らの行動を変革しています。
表題のタイトルの本は今の自分に特に刺さりました。
常日頃から恵まれた環境にいることは理解しておりますが、挫折と言うのかコンプレックスとしては大きな物を抱えている自分も感じています。
まだまだ自分自身の人生の途半ばであり、これからもっと大きくなりたいと願う私にとって今は遅々として中々先に進めていない事を感じる期間でもあります。
これ全て経営者である私の責任なので、何一つ言い訳はききません。
この自分の能力の至らなさを痛感しつつ、横にいる素晴らしい先輩方の輝かしい業績の前では、挫折でもあると感じます。


タイトルの著書では「打たれ強さ」の重要性を説かれていまして、等身大の己を知ることが成長に繋がるので、厳しい結果も受け容れてその先に描く未来を自らに課して実行していけるかを問われているように感じました。


これからもリーダーとして生きていくならば成功体験だけでなく、失敗体験もとても大切だと思います。
もちろん、致命的な失敗はいけませんが、失敗すると言うことは、挑戦したことの裏返しでもあるので、次世代の方には今後も良い失敗ができる環境も整えていきたいとも思います。
当然、自らも失敗を恐れるのではなく挑戦できない事を怖れて行動を継続して、色んな経験を積みたいと願います。
そして、改めて歴史に学ぶ為に、歴史本の読み方も英雄譚に傾倒するだけではなく、裏にある背景や人間模様、心理状態、経済が与える影響などを深く意識して読み深めたいと思います。


挫折などは多く味わったほうが将来は経験を活かして成長できる時代になっていると感じます。
私自身も未だ達成できていないことからくる挫折心は色々と溜まってもいます。
それを愚痴るのではなく自分自身の実力不足と捉え、次に何を為すべきかと考えるための良い経験だと考えます。


読んだ事、感じた事をしっかりと行動に移し、自らの挫折をプラスに変容させてまいります。

努力すれば全て報われるとは考えてはいません。

なぜならば努力には正しい努力とは別に間違っている努力があるからです。

その昔、師匠から「野球で勝とうというのに、走ったり、グローブを持つことなくバントの練習ばかりしたり、ひどいのはサッカーボールばかり蹴ってたり輩がいる。しかも、本人は全く悪気もなければ愚かなことに気付きもしていない。」と言われたことがあり、今でも多分にお見受けする機会があります。

俯瞰してみれば私自身もそのような行為をしてしまっていると感じます。

「アクティブノンアクションの罠」もそれを指し示していると思います。



私が表題を記載したのは、チームや団体で評価を得る機会があったとしても、その中での感動は個人によって異なり想いが強い者がより強く心に残ると思ったからです。

同じ時間や事象を共に体験しても、人によって感度は異なります。

なんらかのイベントがあった際に一同が楽しい思いをして満足したとしても、担当者として事前準備から当日の裏方まで全て一身で受けて居た方は、皆が受けた満足以上の対価を受け取れると思うのです。

但し、個人にとっての目標や志が、個人だけの満足であれば話は別で、イベント自体を成功させたり、他の多くのを満足させることに喜びを感じる精神性が前提となります。



私は、怒りに取り込まれそうな環境になりました。実際、数日間は視野も狭窄となり思考も浅はかになる時間が発生してしまいました。

目の前の業務に集中できているときは忘れる事も出来ましたが、時間に余裕が出来るとどうしても怒りの元となった出来事に心を奪われていました。

それでも私が恵まれていると改めて感じられたのは、この怒りについて共有させて頂ける尊敬すべき先輩や学友がいたことです。

皆様、まずは真摯に話を聞いてくださり、明確な解決策を提示をする安易な手ではなく、これからの私の考え方に対して示唆頂いたり、色んな経験をお話頂きました。

それらが私にとって如何に救いの力になったか、正しい表現をする自信もありません。

それが無ければ未だに怒りに任せた思考で生活しているように思います。



正直、あまり怒りを感じる事は少ない人間だと思っており、怒っている人にそれだけの情熱がよくある物だと感心したり、そのエネルギーは他で活かすべきでは?などと考えていました。

自らが当事者になってみて、また周囲の支えである程度思考できるようになってからは、怒りの鉾先は自らに向かい、現在は情けなさを痛感しています。

この世は全て原因自分説で自ら招く不徳の如何に多いことかと感じます。

誰を恨むでもなく、感謝を忘れることなく、自らの信念の道を歩んでいこうと改めて思い直すことが出来ました。

そして森信三先生がおっしゃられた通り、全ては自分が気付ける適切な時期に寸分の遅れなく出会えているのだと感じました。

これは人との出会いだけに通じる話ではなく、課題との出会いも同じであろうと思いました。



新たな自分の一面に知れたことにも感謝して、何より周囲の人間に恵まれていることに深く感謝申し上げ、日々の社会貢献活動を継続してまいります。


明日で東日本大震災から七年が経過します。
私の人生を大きく変える出来事がその時に起こりました。
長い長い道程と思いますが、次世代が明るい未来を感じてもらえるよう努めてまいります。

『転がり続ける石であれば苔も生えない。』と言う響きに熱狂していたこともありました。
改めて尖り続ける意義を感じたので、表題について考えてみようと思い、ネットで調べましたら、この表現には二つの解釈があるとの記述を拝見しました。

英国では、日本で言うところの「石の上にも三年」で、転職ばかりしていたら苔も生えないから落ち着いて取り組みなさいと言う消極的な使い方で、
米国では、苔が生えないくらいにいつでも新鮮で変化していると積極的に捉えているそうです。
私は、初めて聞いた際には後者で認識しており、英国出身で大好きな人気ロックバンドの由来として聞き及んでおりました。


今回のネット検索前に「とは言え、苔はそんなに嫌いではないし、苔が生える価値もあるなあ」とも思っていたところにこのような情報を入手しました。
私は苔についての話よりも転がり続けると言うことは丸くなるという意味ではなく、自分自身を保つために尖り、動き続けることこそが大切だと考えています。


不得手分野を有る程度無くす努力はもちろん必要ですが、得意部分はどんどん磨き続けなければ、一度優位性を持っていたとしてもあっと言う間に陳腐化してしまうものと考えています。
万人受けを目指すのではなく、自分達を評価してくれる人からの評価がより高まる努力を継続していかなければなりません。
勿論、顧客を増やすことは常に必要ですが、全方位外交を目指そうとするのは現実的ではなく、東か西かある程度選んで進んでいかねばならないと思うのです。


いくつになっても尖り続ける事の大切さをこの十年を振り返る中で感じています。
経営を任されて色んな失敗をしてきましたことは十分に理解していますものの、それでも先に進む原動力は自分の志と信念であり、それが社会のためと信じていますが、万人受けするものではないと認識しています。
他の人には見えていない世界が見えた者に課せられた有難い機会なのだと考え、更に先に進んでまいります。
思考を重ねることと弛まぬ行動を続けることを今後も継続して、社会に貢献できる力を多く身に着けたいと思います。



いつの時代も変わるべきは自分自身であって、周囲ではないことを十分に理解しまして、与えれた環境に感謝をして、日々楽しんでまいります。

↑このページのトップヘ