August 2018

今週一週間で出会った言葉で一番心に響いてきたのが、表題です。
社会人においては理解されやすい表現なのではないでしょうか?
私自身は、今所属している組織に感謝しかありません。
それでも誰かに何かを教わったか?と問われると良くわかりません。
それよりも自らが学び易い環境を与えられ続けていることに感謝しております。
尋ねたくなったら、尊敬する先輩が傍に居ますし、オーナーからも示唆がされます。


学ぶかどうかは学ぶ側の本人の資質によるのだろうと、確信に近い思いがあります。
『人間は見たいものしか見ない』というのがシーザーが示した言葉でありまして、私自身も強く同意しています。
リーダーにしか見えていない世界を達成する事が、世界をより良いものに変えてきた事は間違いありません。
勿論、リーダーの資質も見極める必要がありますけど、現実的には良いリーダーを育てることに前世代は力を注ぎ続けるべきでしょう。


表題の言葉を教えて頂いたのは、『月刊致知』によるものです。
そこで致知出版から出ている書物も改めて入手しました。
恵まれた物流のお陰で、あっという間に希望の書籍が手に入る現代に深く感謝しています。
一連の流れで今回も森信三氏からの言葉がまた私にメッセージをくださいます。
『尊敬する人がなくなったとき、その人の進歩は止まる』との言葉もまた多くの事を示唆してくださいます。
私には恵まれて今の環境で尊敬できる人物が周りに沢山いらっしゃいます。
憧れていて、少しでも近づきたいと思います。
それでも当人は更なる成長をされていて、いつまで経っても追いつけそうにありません。
この環境こそが深い感謝だと感じています。


四月に深い示唆を与えられ、それ以降思考の深みや気付きへの貪欲さは増し続けています。
より大きな力を得るためにこれからも努力を継続していきます。

今後も全力疾走をして、少しでも社会の役に立てる人間になれるよう自らの魂を燃焼させ続けるとともに、魂の質を磨き続けてまいります。






















 

最近は、行動経済学に関する本を読む機会に恵まれています。
その中でやはり習慣の大切さを感じます。
思考の大半は、過去からの経験に基づく惰性にも近い習慣による結果であるようです。


自分が どのようなバイアスに捉われているのか、を理解しておくことは今後の意思決定にも役立つことを感じます。
弊社スタッフ始め多くの方にも理解しておいて頂きたいことだと感じます。
一般的に教わる経済学は人間が合理的であることを前提としているそうです。
しかし、人間は感情に左右されている生き物であり、合理的判断をしてばかりいるわけではありません。
表題の通り、特定の局面においては多くの方が不合理な判断・行動をしている事がわかってきています。


今年度の弊社方針は『安全と数字とロジックを共有しよう』としています。
ロジックの中に行動経済学を入れておかねば誤った意思決定を繰り返してしまいます。
ロジカルシンキングやクリティカルシンキングなど、ビジネススクールで教わるような考え方にもこれからは行動経済学が更に深く入り込んでくるものと思います。
人間は理解した上で乗り越える力を持っています。


行動経済学とは別に『宇宙論と神』と言う出口治明氏に薦められた本も間に入れて読む機会が出来ました。
こちらは事実と数字とロジックにて語られていました。
宇宙に対しての考え方はまだまだ近年になって発展している事を知りました。
私自身はあまり興味がない分野である宇宙でしたが、人間の生活にはある意味で身近であり、空想含め当時の知識人が考え続けていた事柄であることも知り、これからも新たな答えを出し続けるものだと感じます。


なぜ自分達が存在しているのかは、多くの偶然の重なりによるものであり、説明するには神様の存在を活用するしか無いようなこともわかり、宗教との密接な関係も知ることができました。


宇宙論と言うロジックによる積み重ねと行動経済学のような感情に左右される事象を孕んでいることが人間社会の醍醐味でもあるように思います。
その上で自分自身が為すべき事は、次世代に何を残せるのか、真剣に考え、実践の継続でしか無いと確信しています。
そのために思考含めた習慣について、これからも日々改善を含めた継続を大切にしていきたいと思います。
人生は長いようで短いのでしょうけど、一朝一夕で出来る事は大したことではありません。
その時までの努力が瞬間ごとの結果を出していきます。
やはり、日々全力で生き続ける以外に自分の志を達成する道は無いのだと感じます。
周囲への感謝と共に実践と学びを反復継続してまいります




 

小学生の頃から良く聞く表題のキーワードは、社会人になってもとても有用であるように感じます。
体力、知力共にインプットがあってアウトプットが有ります。
当然に有用なインプットがなされれば、良いアウトプットに繋がる可能性も高まります。


自分の心のままに活動することはインプットを最大限に持っていくことも可能になります。
人間の能力はそこまで差が無いことは歴史と科学的にも証明されているように感じます。
自分自身を磨く努力を継続することでしか、自らの成長は叶わないと考えています。


脳の状況含めリラックスした状態で得られる物の多さは立証されてもいます。
遊ぶ時に本当に心から遊ぶだけと言うことは経営者においては無いと思います。
遊びながらも仕事との関係は常に頭にあることでょう。
その時こそシナプスがつながるチャンスとも言えます。
どんなにリラックスしていても、本能に近いところで思考を続ける分野においてはいつでも反応してくれます。


日本人にとっての夏休みは盆との兼ね合いもあり、死についても考える機会が増えるかと存じます。
限られた一度の人生を如何に生きるか?
人生において最も貴重でありフェアであるものは時間だと感じています。
誰とどのように過ごし、何を成すのか?全ての責任は自分にしかありません。
休みも利用して、自分達で考える機会が増えますことは、とはても良いことだと思います。

私自身も大いに検討しまして、実践に結びつけてまいります。












 

かつて、麻生太郎代議士に教えて頂いた言葉です。
自分自身の恵まれた環境もあって、都会にも地方にも行かせて頂く機会が有ります。
私は圧倒的に地方の方が面白い人物が多いので、人と交わって楽しく感じるのは地方です。
都会には洗練されたサービスなどを体感するという点では、地方よりも上を行っている感じはありますけれども、それは専業が可能になっているからであって、当然の結果なのかも知れません。
都会では分業出来ている事が、地方では出来ず一人何役もこなさなければなりません。
果たしてどちらが成長するでしょうか?


これは大企業と中小企業に置き換えても同じ部分があるように感じています。
何事も経験から学ぶことの方が多いのが自然の摂理でしょうから、耳学問よりも少しでも自分でする事が本人を大きく成長させるのだろうと思います。
地方の場合も享受できるサービスには都会と差が有りますので、自分達で汗をかいて実施する機会が多くなります。


『おもしろき こともなき世を おもしろく』は地方に必要な考え方のように感じます。
自らが誇りに思う地元を活性化させることへの当事者意識もとても強く、色んな事に挑戦をされています。


自分が与えられている環境はすべからく感謝しながらも、当事者意識を持って一歩前に出る事が、自分の世界を変える大きな一歩につながる事を確信しています。
都会だから、地方だからと、決めつけるつもりは全くありませんけれども、与えられる環境は自ずと異なりますので、その中でどのように選択をしていくのか、全ては自分で選ぶ道であり、責任は自分自身の選択に帰結します。


これからも自分は常にコンフォートゾーンからの脱却を意識し続け実行してまいりたいと思います。

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