July 2020

毎日配信される青年塾のメルマガから今週のタイトルの概略を知りました。
ネットで調べてみますと仏教用語であるとの事でした。

こちらに類することは至る所で起きているように実感しています。
数年前に別の事情で発した言葉が金科玉条のごとく守られていたりすることもあります。
ただし、『誤解をする人と誤解を与えた人では、与えた人が圧倒的に悪い』と言うのを従前より叩き込まれているので、説明の仕方や表現を深く考えることが重要であることを益々感じ入った次第です。
単独で話している分には発信者側の最大限の配慮も可能ですけど、複数名を相手に語り掛けるときは難しいことを感じます。
相手のバックボーンが見えない際には例え話も解釈が異なる場合があるからです。
最近は、私の役職等から様々なバイアスを持った方と初見でも接する機会が増えてきています。
語りだす言葉を慎重にすることを実感しています。


表題の件が特に頭に残ったのは、我々のボスから言われている指示を理解度が同じ方とある程度笑い話にしながら消化していることが以前から有りましたけど、これらが冗談として語り合っていることが伝わっていないことを感じてきたからです。
言葉の額面通りに取られますと、裏にある愛情であったり、真意が正しく伝わる気がしません。
経験が浅い方は、慮ることが難しいのは私自身の体験から理解できます。
ある程度上役になられた尊敬する先輩の言葉が重たくなってきた理由も改めて理解することが出来てきました。
私自身も紡ぎだす言葉には、十二分に気を配り、受け手の精神状態や知識のバックボーンを可能な限り把握して最善を尽くしてまいりたいと思います。
その為にはやはり備えることがとても肝要であると感じている所です。


また、今週は東洋思想等にも様々学びました。
その講義の中で『思っている内は主観、書き出すと客観』と言う言葉は特に心に残りました。
齢を重ねてメモを取る機会が増えているのも、実は頭の整理に大きな貢献をしていることを理解出来てきました。
こちらのブログも頭の整理に大いに役に立っています。
老ていく事は無駄を省く機会を大いに頂いているようにも感じます。
まだまだ、若手の一人として齢の数だけは腕立てと腹筋を継続することで生涯現役でいられるよう精進してまいります。
体力トレーニングに関しては、そろそろ次の負荷を増やそうかと考えるまでに至ってまいりました。




今週も多くの方から色んな刺激を頂戴しました。
数か月ぶりにローカル線で飛行機に乗りましたけど、福岡空港も空いていて機内も余裕が有りました。
都内へ出るのとは大分状況が異なるように感じました。
戻りは新幹線等を活用しました所、こちらもまだまだ乗客数はビフォーコロナから比すと少ない状況でした。
色々な報道が為される中、統計数字を見るとサンプリング等の手法を変えているようなので、分析等は以前と変更していかなければいけないことを感じます。
COVID-19でもわかってきていることが増えているので、今後も新たな生活様式等を参考にしながら、正しくケアしていきたいと思います。


人生の先輩で一線を退き、悠々自適と相談役を兼ねている方が家庭菜園をしていて気付いたことがあると教えてくれたことが有りました。
それが、『温室だけでは素晴らしい成果を上げることが出来ない』という事でした。
愛情をかけているからこそ、途中で厳しい環境を与える必要があることを強く強調されていました。
そのコメントがとても心に残りました。
その方はビジネスマンとして成功もされており、一線を引かれたとは言え、既に次に向かって動き始めていらっしゃっています。
コロナ禍で大分計画に影響は受けているものの、常に明るく意欲的に取り組まれていらっしゃいます。
漢として憧れる方の一人です。
ただし、『植物にはノウハウが有って美味しく作り上げれるようになっているが、人財は一様の教育で育てられるものではない』と言うこともおっしゃっていました。
ご本人が振り返ると『結果として厳しい環境こそが自分自身を成長させた』と言う実感から出ており、エリートコースで成功体験ばかりされてしまった方はどこかで躓いてしまうお話も興味深かったです。


私自身振返りますと大変恵まれた環境を与えられ続けています。
それでも現時点では自分自身も満足するような結果を得られていない中では、評価も一定の所でとどまっています。
これは私自身にとってとても有難い環境です。
昨年度後半から今まで以上に数字にこだわる必要を感じています。
『正しいことをしていれば、いつかどこかで理解される。』と言うどこか温室育ちをにおわせる考えが、スタッフに滲み出ていたのかもしれません。
私の学生時代に流行った言葉の一つに『正しいことをやりたければ偉くなれ』と言うものがありました。
権限を持たなければ、本当にやりたいことが出来ないという現実がありますので、手段と目的を見間違えず役職と言う手段を活用して正しいことをやるという目的を果たす大切さをその頃から何となくイメージできていました。
正しいことをやりたい人は沢山いらっしゃいます。
その中の競争を勝ち抜くことが多くの方と関わる事が出来るようになります。
そして更なる成長を遂げることが出来るのです。
植物も同じ種から始まって日光を浴びるために根を生やし、葉を早めに蓄えるわけですが、早くに背を伸ばすことでしか多くの日光を得るという競争には負けてしまいます。
葉を伸ばすのと見えない根を成長させることは並行して進めなければ、大きな葉を支えきれません。

最初は『置かれた場所に咲きなさい』と言う考えはとても大切だと思いますけど、より大きな成果を出すには木村さんの奇跡のリンゴの通り土から選ばなければ本質には近づけません。
人物と植物ではやはり足があることが大きな異なりだと思います。 


成果にこだわる為にも根としての自分自身の徳を鍛え続けると共に成果としての短期的な結果も強く求めてまいります。
一度きりの人生を大いに感謝して受け取りつつ、貪欲に知識を得て実行をして良い習慣を持つことで、次世代に価値あるものを残してまいりたいと思います。

自分自身がリスクを持った挑戦をするには外への宣言が私にとっては最も効果的であることを理解してきました。
色々と考えました結果、この秋から大学院の研究生となり、来春から大学院生として修士課程に挑戦します。
まだまだ研究生になれるかも分かってはいませんけど、挑戦することを宣言することで自分自身に背水の陣を布いておこうと思い、記録します。
学ぶのは経営学ではなく、建築学です。
MBAも検討しましたものの今の年齢から取り組むというよりは、実践で結果を出すことが出来る立場でも有るので、まずは建築学を学ぼうと考えた次第です。
海外の経営者の多くは博士課程を二つ取っている方なども多くいらっしゃいます。
経営はアートとサイエンスが必要と言われている方もいらっしゃいますので、サイエンス部分をより深めていきたいと考えています。
並行して東洋思想も学ぶ時間を増やしています。


先週末、Web上で至善館の卒業式を拝見しました。
PCを通じても大変な熱量でお会いしたこともありません卒業生の充実すら感じ取ることが出来ました。
関係者のこれまでのご尽力は想像を絶するものがありまして、素晴らしい卒業生を排出されたのだろうと思います。
拝見した卒業式に大いに刺激を受けまして、私自身も一歩踏み出そうと決断できたのかもしれません。


私自身入学すれば2年間はまた新たな生活様式になる見込みです。
その先にあるものは今までよりも更に大きく拡がった景色になることを確信しています。
建築学においてもこの年齢での挑戦は大分遅いそうですけど、諸外国のように日本人も学術的に学ぶ機会が増えていく事を期待してまずは楽しんで習い学びます。
頭の中では他の勉学も実学に繋がる意味合いで今後挑戦していきたいとも思っています。
新たな挑戦に対して久しぶりに高揚感が出ています。
並行して事業も拡大させていく喜びも楽しんでまいります。
外から見ると忙しい状態は個人の充実であるとも思い、貪欲に成長するべく邁進します。


 

振返りますと本ブログを始めたのが2014年でした。
どうにかこうにか毎週何らか記載して既に6年が経過しています。
我ながら良く続いたものだと思います。


改めてなぜこのような記録を始めたかと言えば、色々と理由は有りますもののその一つには大変おこがましいですけど、将来的に『言志四録』のような著書などが残せればと言う希望も有りました。
今までの文字の量だけで考えれば、相当なボリュームになっているかと思いますけど、大体言っていることは大分似通っているように感じていますので、編集すれば圧縮できるように考えています。


最近はYoutubeでGlobis知見録から学ぶ機会が増えている中で、久しぶりに藤原和博氏の講演を拝見してそのまま著書を買い増して読了しました。
その中で文書を残す価値などを明確に理解することが出来ました。
文書で何かを伝えようとするのは本当に難しいと痛感します。
麻生塾での講師業をしていても、そもそも自分以外の誰かに頭の中を見せるのは容易では無いと感じる機会が増えています。
それでも伝える努力は必要で、トレーニングが不可欠でしょう。
日本男性の平均寿命は80歳強ですので、私の年齢も折返しに入っています。
人生百年時代と言われていますので、更なる長生きが出来るのかもしれませんけれども、人生は長く生きる事よりも如何に生きたかを問われるべきものだと考えております。


将来、文書で何か残せる人生を送れるよう改めて国語力を身に付けてまいりたいと思います。
併せて英語力も学び中ですので双方語彙力を高めてまいる所存です。
先進国と呼ばれる国の中で日本人が低学歴であることを実感する機会が増えておりますので、率先垂範して学びの場に身を置き、実践を通じて次世代の役に立てる人生を歩みたいと思います。

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